脱原発の本、50冊へ歩んできました
NO WAR !
“市民出版”をめざそう
PEACE
“募金”あるいは“寄金”について


■脱原発の本、50冊へ歩んできました■


読者のみなさまへ、感謝をこめて

拝 啓
 お元気でいらっしゃいますか?
 東京は新緑がうつくしい季節です。ひときわ寒い冬のあと、待ち遠しかった春の訪れです。
 私たち七つ森書館は第18期を終え、再来年は20年目を迎えることになります。これまでに約70点を出版してきましたが、歩みはゆっくりです。1年に10点以上を刊行する出版社は、国内に約1000社あるといいますが、その末席に連なるようになってきました。
 出版ジャンルは、脱原発・エコロジー、食と健康、社会・思想などですが、なかでも、今年中に脱原発の本が50冊を超えるまでになってきました。20周年をむかえる年には、総出版点数も100点を超えるでしょう。
 ここまで来られたのは、読者のみなさまのご支援の賜物です。つらい時、苦しい時もありましたが、みなさまの励ましの声に支えられてやってきました。言葉につくせぬ感謝を感じております。
 節目をむかえるにあたり、脱原発の本を中心に、これまでの道のりをふりかえって、地歩を固めたいと思います。私たちがすすむ道すじを明らかにする糧とし、読者のみなさまに参加していただける出版社として歩んでいきたいのです。すこし長い文章になりましたが、どうぞさいごまでお読みください。


●3冊の本から


 七つ森書館の創業は1985年ですが、第1冊目の『森と里の思想』を出したのは86年10月でした。高木仁三郎さんと前田俊彦さんの対論集ですが、ご存じのように、小社の歩みは高木さんの存在抜きには語れません。
 この本を編集しているさなか、4月29日にチェルノブイリ原発事故が発生。高木さんが多忙を極める中での編集作業となりました。実は、この年の6月15日に高木さんと共通の永年の友人N君をガンで亡くしていました。その精進落としの席で、「チェルノブイリの原稿があるんだけど、七つ森で出さないか。N君の供養にもなるしね」と高木さんがいうのです。大手の出版社から出版できる原稿を、N君を通して頂戴し、『チェルノブイリ――最後の警告』として出版したのです。
 翌年、『あきらめから希望へ』を出版しますが、チェルノブイリ事故後の重苦しい状況のなかで、高木さんと花崎皋平さんが“希望”について語りあった1冊です。花崎さんが『生きる場の哲学』を出版していたので、もうひとつの重要なテーマは「生きることと運動することが、ひとつになる地平」についてです。現在に続く市民運動の重要なテーマです。運命的なものがあるとすれば、この3冊の出版によって、私たちの歩む道が決定づけられたといって過言ではありません。そして、読者のみなさまに出版社として認知されるようになったのだと思います。


●反原発出前のお店

 いまでも不思議なのですが、チェルノブイリ事故直後から反原発運動が盛り上がったわけではありません。1年おいた88年の全国集会は1万人行動のつもりが2万人が東京の日比谷公園を埋め尽くしたのでした。このときの分散会の記録を『脱原発へ歩みだす』として翌年に出版。編集の過程では“反原発出前のお店”のスタッフの人たちにお世話になりましたっけ。なにを隠しましょう、私を含めて小社のスタッフ、関係者のほとんどが“出前”のメンバーでしたから、相当リキが入った本です。
 原発を止めたい熱意のある人が講師になって反原発講座を出前する――その講師を養成するのが“反原発出前の学校”。校長は高木仁三郎さん。講師養成講座は4期までつづき、約400人が受講しましたが、第4期の全講義録を本にまとめたのが『反原発、出前します』(93年刊)です。この本と同時に書店に並んだのが西尾漠さんの『脱!プルトニウム社会』。2人一緒の出版記念会を原子力資料情報室と“出前のお店”のスタッフが催してくださったのはうれしいことでした。この会はお2人の数少ない出版記念会のひとつとか。日夜忙しいお二人には無理からぬことです。
 私たちにとっては、市民運動をしながら、集会へ出かけていって本を売りながら、読者のかたと出会いながら、本をつくっていくスタイルができてきたように思います。
 その前、90年1月に『核燃料サイクル施設批判』を出版しています。これは2つの意味でたいへんな本でした。まず、青森県の知事選の直前に出版したことです。むしろ選挙にぶつけたのです。年明け早々、ライトバンに500冊積み込んで一路青森へ――
原子力資料情報室の伴さん(現共同代表)と交代でハンドルを握りました。深夜の東北自動車道は、仙台から先は吹雪。青森に着くと、高木さんの講演会と、その合間を縫っての書店営業でなんとか本をさばきましたが、反核燃派の知事候補の選挙戦第一声を聞いたときには、胸が熱くなりました。
 もうひとつは、高木さんが体調を崩しているときに書いた本だということ。前年の夏に2ヵ月ほど原子力資料情報室を休むのですが、その2ヵ月間に700枚の原稿を仕上げたのです。「まさにスーパーマン的」と言いましたら、高木さんに叩かれましたが。“反核燃のバイブル”と評されるのも、むべなるかな。そして、約10年を経た2000年4月、高木さんは反核燃裁判の証言台に立つのです。力のかぎり述べた言葉の一つひとつを『証言』にまとめました。しかし、この本の完成を待たずに、高木さんは旅立たれました。思いは残りましたので、翌年『人間の顔をした科学』を出版。“市民科学ブックス”の第1冊目としました。

●原発を止める

 話が暗くなりました。明るい気持ちで出版した本は、福島県の浪江小高原発に反対する棚塩原発反対同盟の舛倉隆さんを描いた『原発に子孫の命は売れない』(恩田勝亘著、91年)です。原発立地にトドメを刺したのですから、表紙も真紅です。
 福島では地方支局の新聞記者の熱意を感じました。刊行直後、福島市で書店営業の途中、大手新聞社の原町通信員の記者さんから話を聞きたいという連絡が入りました。支局で話し終えたとき、記者さんが言うには、「ぼくらは原発関連の記事はなかなか書けないけど、舛倉さんの本についてなら書ける。久しぶりです」。この方はのちに、巻の住民投票、脱原発政策を決定したドイツなどの署名記事を書いておられます。記者魂です。


●原子力市民年鑑

 そして、創業10年目をむかえた年から『原子力市民年鑑』(原子力資料情報室編、当初は『脱原発年鑑』)を刊行し始めます。「10周年の祝い事より、本業で報います」とカッコつけたのです。それには前史があって、原子力資料情報室作成の「脱原発手帳」の手伝いを2年ほどやったのです。その資料編を充実させれば、資料集ができ
るね、という発想から始まったのですが、年鑑となると大変な作業になりました図
表データなどの編集作業はパソコンをつかってデジタル化していましたから、翌年からの改訂作業は楽になり、比較的低価格で書店に並べています。値段は安くても、内容は世界レベルで、推進側からも高い評価をいただいています。
 同じころ、『ヒロシマ発チェルノブイリ』を出版しました。被爆二世である木原省治さんがチェルノブイリを訪れたルポですが、核問題と原発問題の橋渡しをするような本でした。後年、『開かれたパンドラの箱と核廃絶への闘い』(原水爆禁止国民会議他編、02年)を出版しますが、ヒロシマの暑い夏に本を売りに行くようになりました。


●事故

 さて、先を急ぎたいのですが、筆が進みません。日本の原発事故に触れなければならないからです。
 原発事故はゼッタイに起こしてはなりません。地球上の生きとし生けるものに放射能の惨禍が及ばないよう、出版活動をしているつもりですが、その不幸が日本で起きたのです。
 1995年のもんじゅ事故については、総合評価会議のレポート『もんじゅ事故と日本のプルトニウム政策』として出版しましたが、私たちから見れば、『高速増殖炉もんじゅ』(小林圭二著、94年)の出版で警告したにもかかわらず起きた事故なのです。
 1999年のJCO臨界事故では、猛烈な無力感を感じました。チェルノブイリ事故の年に出版活動を始めたのですから、脱原発の本を世に送り出すときは“原発よ、止まれ!”“事故よ、起こるな!”という祈るような思いを1冊1冊に込めますが、2人の死者を出したJCO臨界事故では、それがむなしさに変わったのです。もっと、もっと出来ることがあったのではないか、という自責の念に似た感情が生まれたのです。これを出版の原動力に変えたい……、と思いながら入門書『漠さんの原発なんかいらない』を2ヵ月後に出し、1年後に総合評価会議のレポート『JCO臨界事故と日本の原子力行政』を、2年後には『あの日、東海村でなにが起こったか』(粟野仁雄著)という詳細なルポを出版しました。事故を風化させない、という思いを持続したいと願っています。
 その願いは、原発後の未来の姿をどのように思い描くのか、ということにつながるのではないでしょうか。なかでも、エネルギー問題は重要で、ハードな設備をつくってエネルギー供給するのではなく、自然エネルギーの利用を推進する――『2010年自然エネルギー宣言』『漠さんの地球を救うエネルギー・メニュー』は、ひとつの道筋を示したといえましょう。
 また、原発現地のねばり強い運動を記録し運動にかえしていく企画として“脱原発シリーズ”をスタートさせました。まだ『幌延・核に揺れる北の大地』(滝川康治著、01年)が1冊あるだけですから、大きなことはいえませんが……。
「七つ森通信」をはじめたのも、このころです。自分たちがつくった本を、自分たちの言葉で、読者のみなさまに伝えたい、という思いで続けているのですが、第2号で「サムサノナツハオロオロアルキ」と心情を語らざるをえませんでした。


●『MOX総合評価』と『高木仁三郎著作集』

 レポートが2冊出ましたから、他のものも紹介しましょう。日本弁護士連合会のオフィシャル・レポート『孤立する日本のエネルギー政策』『MOX総合評価』です。『MOX総合評価』は国内外9人の研究者による2年間にわたる“IMA(国際MOX総合評価)プロジェクト”の最終報告ですが、研究代表が高木さんで副代表がマイケル・シュナイダーさんでした。この研究が、2人の“ライトライブリフッド賞”共同受賞に結実したのですが、本が出来たとき、高木さんは病院のベッドにいました。第1回目のガンの手術を終えたところでした。本を手に「ありがとう」という透き通った笑顔に、病状の重さをわすれていました。
 その後2年あまりにわたって、高木さんは、高木学校の運営をはじめ何冊も本を書くなど、第一線に立ちつづけたのです。
 そして、私たちは高木さんから著作を託されました。もうたくさんのことを語ってきましたので、ひとつだけ述べるに止めます。なぜ、“全集”とせずに“著作集”としたのか、ということについてです。死後にまとめるのが“全集”、生前は“著作集”という一応の区分けがありますが、“全集”として高木さんの思想を封じ込めたくはない、という気持ちで編集をスタートしたように思います。全12巻を完結しても、その続きを次代をになうあたらしい市民科学者が書く――そんなふうになったらいいな、というイメージを“著作集”に託しました(高木さん、そんな考え方でもいいですよね)。
 この著作集も、おかげさまでもうすぐ第7回配本です。全12巻の配本の折り返し点をすぎました。もう、ひとがんばり、正念場をむかえます。


●私たちは、どこへ向かうのか


 ながなが書いてきました。それでは、私たちは、どこへ向かうのでしょうか。
 この問いにはなかなかうまく答えられないのですが、その前にことわっておきたいのは、出版は儲からない事業なのだ、ということです。“そんなに自虐的で、どうするの”と言われそうですが、売れた本のなかから、“ほんの少しをいただいて暮らしていく”というイメージです。
 しかし、重ねて“本が売れない時代なのに……”と叱られそうです。
 たしかにそうです。でも、私たちの思いが通じたと感じることがあります。脱原発の夢が実現しつつある――“実現”といっていけなければ、手応えを感じるということです。逆説的ですが、脱原発の本が売れないという事実がそれを裏づけています。この傾向は、年々歳々増長してきています。日本の市民の8割が原発はイヤ、という世論調査があって、市民の意識が脱原発へ向かっているのにもかかわらず、本が売れないのです。この現実をどのように考えたらいいのか、永年悩んできました。
 そして、得た結論は、“日本中の市民が脱原発だから、本が売れない”ということです。つまり、“原発NO!”という結論を出しているから、脱原発の本を読まないのではないか、ということです。言葉あそびをしているのではありません。そのように考えると、小社がおかれている厳しい現実が理解できるのです。昨秋の原発事故隠しについては、あえて述べませんが、もはや説得力をもって原発推進を論じられる人はいないことは確かな現実となってきました。
 しかし、油断大敵。出版活動の手をゆるめるわけではありません。脱原発へ、より大きな力をそそいでいきたいと思います。
 そのためには、脱原発への潮流を確実にするための出版活動をより活性化し、市民運動の政策を日本の脱原発政策とするための一助となることです。“市民科学ブックス”と“脱原発シリーズ”の活性化、『原子力市民年鑑』の充実、“もんじゅ判決”“六ヶ所再処理工場”など核燃料サイクル――なかでもプルトニウム問題の出版化を急ぐ、など枚挙にいとまがありません。『はんげんぱつ新聞縮刷版』(反原発運動全国連絡会編)のようなベーシックな取り組みも必要です。また、『理科を変える、学校が変わる』(最首悟・盛口襄・山口幸夫編、01年)のように、現代科学を教育面から問い直す動きも重要性を増すでしょう。
 そればかりではありません。“食と健康”分野への出版の広がりを考えますと、“菜っぱ1枚、体の痛みから原発まで”という幅広い取り組みをしていきたいと思うのです。
 来年初めには、『高木仁三郎著作集』が完結します。高木仁三郎さんという“市民科学者”の全体像があきらかになります。実は、著作集完結にむけて、七つ森書館の体質を強化するために著作集の編集委員の方に新刊のお願いをしましたところ、2月に佐高信さんの『筆刀両断』、4月に鎌田慧さんの『こんな国はいらない!』を出版させていただきました。お二人には、あと数冊出版させていただきますが、ノンフィクションの本格的出版へ向けて準備すすめているところです。
 さて、上記の出版企画を、総花的なものとしてではなく、総合的な取り組みとして実現したいと思います。私たち七つ森書館が踏み出す一歩は、読者のみなさまが踏み出す大きな一歩とともにありたいと思うからです。


●七つ森書館に参加してくださいませんか

 今年のはじまり、年賀状などでおおくの方から励ましの言葉を頂戴しました。なかには、社会派の総合出版社をめざしてほしいとまでおっしゃる方もいらっしゃいました。現実にたくさんの方々から物心両面のあたたかいご支援をいただき、身にあまるありがたさを感じています。そして、ある“思い”を抱くようになりました。それは、七つ森書館は私たちが運営していますが、私たちだけのものではない、という思いです。うまく言えませんが、あなたに、七つ森書館へ参加していただきたいという“思い”です。
 そのためには、どうすればいいでしょうか。活力ある出版企画、情報発信の充実など、直接の交流を深めていきたいのです。そのひとつとして、積極的な意味で“増資”をしようと考えるにいたりました。株主になっていただいて、あなたに七つ森書館へ参加していただく、というのはいかがでしょうか。小社が資金を必要としているのは事実ですが、より多くの方に参加していただき、出版企画もふくめて交流しながら運営していきたいという思いが強いのです。そのために、株式は1株1万円という、参加していただきやすい方法を考えています。近日中に、ご案内を送らせていただきますので、ご検討いただきたく存じます。忌憚のないご意見をお聞かせください。むしろ、忠告、苦言やもしれませんが。
 さいごになりましたが、もうひとつ肝心なことがあります。それは、地球環境や自然にたいして侵略的でない姿勢を示すことです。小社の本の用紙は再生紙(できれば100%)、印刷インクは植物油または大豆油のものを使用しています。印刷所、製本所はじめデザイナーの方にも協力いただいていますが、特別の断り書きを表示してはいません。普通に作っている他社の本と書棚で勝負したい――そんなダンディズムにあこがれています。
 私の手紙をここまで読んでくださってありがとうございます。この数年、考えてきたことをようやく言葉にできたという感じがします。読者のみなさまへの感謝の気持ちを持続する力とし、市民とともに歩む出版社でありたい、という思いをお汲み取りいただきたく存じます。
 日に日に新緑がまぶしい季節になりました。ご無理なさらぬよう、おからだ大切にどうぞご自愛ください。


                  敬 具

七つ森書館 中里英章

※株式募集についてのお問い合せは
中里(nakazato@pen.co.jp)へお願いします。


脱原発の本 50冊へのあゆみ

1 1986年

12月

『チェルノブイリ』(高木仁三郎著)
2 1989年

4月

『脱原発へ歩み出す』(反原発全国集会88実行委員会編)
3 1991年

1月

『核燃料サイクル施設批判』(高木仁三郎著)
4

10月

『原発に子孫の命は売れない』(恩田勝亘著)
5 1993年

4月

『反原発、出前します』
 (反原発出前のお店編、高木仁三郎監修)
6 『脱!プルトニウム社会』(西尾漠著)
7 1994年 2月 『高速増殖炉もんじゅ』(小林圭二著)
8 1995年 10月 『プルトニウム燃料産業』(キュッパース/ザイラー共著)
9 1996年 4月 『脱原発年鑑96』(原子力資料情報室編)
10 1997年 4月 『脱原発年鑑97』(原子力資料情報室編)
11 8月 『ヒロシマ発チェルノブイリ』(木原省治著)
12 12月 『もんじゅ事故と日本のプルトニウム政策』
 (もんじゅ事故総合評価会議編)
13 1998年 4月 『原子力市民年鑑98』(原子力資料情報室編)
14 8月 『MOX総合評価』(高木/シュナイダー他著)
15 1999年 2月 『孤立する日本のエネルギー政策』(日本弁護士連合会編)
16 5月 『原子力市民年鑑99』(原子力資料情報室編)
17 12月 『漠さんの原発なんかいらない』(西尾漠著)
18 2000年 6月 『漠さんの地球を救うエネルギー・メニュー』(西尾漠著)
19 『原子力市民年鑑2000』(原子力資料情報室編)
20 7月 『2010年自然エネルギー宣言』
 (「自然エネルギー促進法」推進ネットワーク編)
21 9月 『JCO臨界事故と日本の原子力行政』
 
(JCO臨界事故総合評価会議編)
22 10月 『証言』(高木仁三郎著)

23

2001年 2月 『21世紀のエコロジー社会』(エコロジー社会構築研究会編)

24

5月 市民科学ブックス1『人間の顔をした科学』(高木仁三郎著)
25 5月 『原子力市民年鑑2001』(原子力資料情報室編)
26 7月 『原発震災』(明石昇二郎編)
27 8月 市民科学ブックス2『エントロピーと地球環境』(山口幸夫著)
28 9月 『あの日、東海村でなにが起こったか』(粟野仁雄著)
29 10月 『高木仁三郎著作集』第4巻「プルートーンの火」
30 12月 『幌延 核に揺れる北の大地』(滝川康治著)
31 2002年 1月 『高木仁三郎著作集』第1巻「脱原発へ歩みだす1」
32 3月 市民科学ブックス3『知ればなっとく脱原発』
 
(反原発運動全国連絡会編)
33 増補版『原発震災』(明石昇二郎編)
34 『高木仁三郎著作集』第7巻「市民科学者として生きる1」
35 4月 『原子力市民年鑑2002』(原子力資料情報室編)
36 7月 『高木仁三郎著作集』第11巻「子どもたちの未来」
37 『開かれた「パンドラの箱」と核絶へのたたかい』
 
(原水爆禁止日本国民会議他編)
38 9月 『愛と希望のルポルタージュ』(明石昇二郎著)
39 10月 『原発事故隠しの本質』(反原発運動全国連絡会編)
40 11月 『高木仁三郎著作集』第2巻「脱原発へ歩みだす2」
41 2003年 1月 『高木仁三郎著作集』第6巻「核の時代/エネルギー」
42 4月 『高木仁三郎著作集』第8巻「市民科学者として生きる2」
43 5月 『原子力市民年鑑2003』(原子力資料情報室)
44 7月 『高木仁三郎著作集』第3巻「脱原発へ歩みだす3」
※以下は、今年度出版予定の7冊です
市民科学ブックス5
『海の声が聞こえる――温排水測定25年』(斉藤武一著)
脱原発シリーズ2
『巻――住民投票勝利の記録』(桑原正史・桑原三恵著)
『もんじゅ判決を考える』(もんじゅ裁判原告団)
『高木仁三著作集』第5巻「核燃料サイクル施設批判」
         第9巻「市民科学者として生きる3」
         第10巻「鳥たちの舞うとき」
         第12巻「論集」

NO WAR !

 3月20日、アメリカがイラクに戦争を仕掛け、日本が全面的に支持しました。言語道断の暴挙です。満腔に怒りを感じます。国際法、国連憲章に照らして明らかに違法であり、こんなことが許されるなら、あらゆる無法がまかり通るでしょう。
 小泉首相には日本国憲法第9条を示す必要があるでしょう。
「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
……陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」
 日本は、第2次世界大戦でアジアの国々を侵略し、消えようのない傷跡を残した歴史的責任を負うが故に、国際平和に尽力することを誓ったのではないでしょうか。座して平和を願うのではなく、「日本国民は、恒久の平和を念願し……平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」(前文)のです。いやしくも平和を標榜するのなら軍事力をもって独立した政府を倒そうとするのは、まちがっています。たゆみない外交努力と民衆の連帯によってこそ、平和が維持されるというのが、敗戦によって獲得した憲法の精神だと考えます。
 残念でならないのは、この時期に小中高等学校で、卒業式を迎えたことです。平和と人権を学んだおおくの子どもたちが、未来へ向けて巣立つときに、戦争が始まってよいわけがありません。
 微力ですが、この憲法の精神をたたかいとる行動に参加し続けたいと思います。平和を獲得する集会に参加したたくさんの人びとの、ピース・ウォークとともに歩むこと――平和を主張する出版活動をとおしてともに歩むことが、戦争とたたかう第一歩です。人間の尊厳として、戦争をゆるしてはなりません。

(「七つ森通信」No.8―2003年4月)


“市民出版”をめざそう

 前号「脱原発の本、50冊へ歩んできました」の文末で、「七つ森書館へ参加してくださいませんか」と書かせていただきました。そして、株式募集のご案内をお送りしましたところ、多くの方々からお申し込みをいただきました。このようにご支援いただきますことは、身に余る励ましであります。頂戴したメッセージは大切にします。挫けそうになったときに、再読させていただきます。ありがとうございます。私たち一同、いっそうの努力をしてまいります。
 なお、株式のお申込みには特段の締め切りはもうけておりません。また、案内が届いていない方は、恐縮ですが同封の返信カードにてご一報いただきたく存じます。即、お送り申し上げます。
 この機に、さまざまな方へお手紙を差し上げたり、話を聞かせていただいたりして、七つ森書館がめざす方向性がはっきりしてきたように思います。それは冒頭に掲げさせていただいた“市民出版”をめざしていくことです。今号は、市民出版について述べてみたいと思います。

 この5月に、「出版ニュース」誌の表紙で小社を採り上げていただきました。同誌は50年を超える歴史のある出版総合誌です。光栄なことです。まず、その紹介文を引用させていただきましょう。

「七つ森書館は1985年創立。社名は宮沢賢治の次の詩から由来している。
  鶯宿はこの月の夜を雪ふるらし
  黒雲そこにてたゞ乱れたり
  七つ森の雪にうずみしひとつなり
  けむりの下を逼りくるもの
  月の下なる七つ森のそのひとつなり
 七つ森書館は宮沢賢治が描いていた世界をある意味では出版を通して実現しようということなのか。脱原発、自然環境問題、市民科学ブックス、食と健康、ルポルタージュ、社会・思想と幅広い分野にわたっているが、その視点は現状への批判であり、問題提起本が多い。同社定期刊行案内の『七つ森通信』にはそれがよくあらわれている。『原子力市民年鑑』、市民科学者として活躍した『高木仁三郎著作集』全12巻が同社の代表的著作といってよい」

 傍点を付した箇所は、小社の出版姿勢の一端を評価してくださったものと受け止めていますが、こういった本が少なくなっていることは、すでにみなさまお気づきのことと思います。
 書店に行って、たくさんの本を見ても、何かか違う、と思うのは私ばかりではないでしょう。書棚に並んだ新刊書や雑誌を見ると、出版文化が爛熟期をむかえているのがよくわかりますが、私が立ち止まるのはごく小さなスペースの書棚です。環境問題や社会問題――それも現状に批判的な本は、書店のコーナーを占めるだけのスペースがなく、書棚の一段を満たすにすぎない光景をしばしば目にしています。
 たとえば、米英軍の空爆を受けたイラクのバグダッド市民がどんな暮らしをしているか? 東京電力の事故隠しによって原発現地の人々が何を心配しているか? 化学物質過敏症の人に最新の科学的知見が届いているか? という問いに応えてくれる本が少ないのは、どうしたことでしょう。
 また、脱原発関連の新刊書は、この1年間で十数冊にすぎませんが、そのほとんどは小社のような小出版社から刊行されています。原発現地で暮らす人びとの声に支えられながら、原発推進を批判する論陣を張っているのが実情です。
 出版は、現状を批判し変革していく力をもっているという、ジャーナリズムの原点を考えるならば、批判精神こそが“市民出版”として必要なものではないかと考えます。私たちが営む職業が批判精神をどのように守り、発揮していくかが、問われているといえます。

 市民が活動するさまざまな局面では、厳しさが募っているように思います。いささか図式的かもしれませんが、以前のように政治勢力が左右に拮抗している時代は過ぎ、現在は大きく右に片寄っています。市民運動より左の勢力は皆無に等しいため、脱原発をになう人々も、個人情報を守る運動をする人々も、フェミニズムの運動をになう人々も、……、みんなで寄り添うようにして、右派勢力と闘いながらバランスを保っているように思えてなりません。この経済的な不況をやり過ごしたからといって、以前のようにもどることはないでしょう。苛烈さが増してきています。
 私たち市民は、日々暮らし、運動し、よりよく生きたいと思う――そのために資する本をつくっていくことが“市民出版”だ、と考えます。
 このように、純に考えざるを得ない状況が続きまますが、日々の暮らしを楽しく充実したものにしていくための本もつくっていきます。農業などの第一次産業に対するグローバリズムの嵐は止まることを知らぬかのようですが、もう一度、食と健康について考え直してみたいと思っています。有機農業について今一度考えてみることと、無病息災であるために必要なプライマリー・ケアとしての家庭療法の充実です。

 さて、9月末に豊田直巳さんの『「イラク戦争」の30日』を出版します。豊田さんはパレスチナ難民を取材し、イラクなどでは劣化ウラン弾によって被曝した人びとをカメラにおさめてきました。本書は、いまもっとも注目されているフォト・ジャーナリストが、米英軍のイラク爆撃開始から全土制圧までの30日間をバグダッドのホテルを拠点に記録したものです。カメラを向けると、日本政府のブッシュ支持を責められることもあったといいます。イラク戦争の真実が本書に収められているといっても過言ではないでしょう。
 このように、大手出版社といわなくても、どのような出版社からでも刊行できる本を、小社から出す意味は大きいと思います。
 8月には市民科学ブックス5冊目として『海の声を聞く』を出版しました。北海道電力泊原発が出す温排水の影響を調べるために、25年間も海の水の温度を観測しつづけた斉藤武一さんの著書です。観測と記録は毎日、休むことなく続けられました。巻末の市民論文では、温排水によって海水温が上昇していることを証明しています。このような地道な営みが、まさに“市民科学”ではないでしょうか。そして、本として出版するのが“市民出版”だと考えます。
 今日をどのように生きたかを問い、明日をどのように生きるかを考えることが、大切な営みだと思います。ここで、先達のように宮沢賢治がのこした言葉を、私たちなりに発してみましょう。
  「われわれはどんな方法で
   われわれに必要な“本”を
   われわれのものにできるか」
 もう一歩前へ進むには、どうすればよいか、考えていきたいと思います。
(「七つ森通信」No.9―2003年9月)

PEACE

PEACE―いま、この時に小さな声で「ピース!」と叫ぶ。「世界から戦争がなくなるはずないじゃないかと、したり顔でいう人をギャフンといわせたいナ」と語る社会風刺画の“奇才”が世界に贈る非戦のメッセージ。
「イラク戦争」の30日―開戦直後からイラクで取材したフォトルポルタージュが戦争の真実を伝える。
時代を刻む精神―未来のために時代を批判する精神の真髄を示す。

 この文は、1月末に毎日新聞に出稿した広告のコピーです。多くの日刊紙の1面は出版広告で占められていますが、日本の出版文化を示すものといえます。
 この広告は、出版文化の一翼をになうものとして、私たちが非戦の意思表示をしたものです。日本という国が、イラクの占領軍として自衛隊が派兵するにいたりましたが、黙認するわけにはいきません。いま、日本が何をしてきたかについて、侵略の歴史を振り返ることが必要です。中世以後の主なものだけでも、
  1592年 朝鮮を侵略(文禄の役)
  1597年 再度朝鮮を侵略(慶長の役)
  1894年 日清戦争(台湾等を植民地に)
  1904年 日露戦争の後、1910年に韓国併合(朝鮮を植民地に)
  1918年 東部シベリアの占領に失敗
  1931年 中国東北部を侵略(満州事変)
  1937年 中国を侵略(日中戦争)
  1941年 太平洋戦争(アジアの国々を侵略)
 江戸時代は、征夷大将軍が政治をする臨戦体制の国家だったという指摘もありますから、鎖国政策が幸いしたともいえるでしょう。これらの侵略戦争によってどれだけの被害者が生まれたのか――太平洋戦争だけでも2000万人を超える死者があったといわれています。
 日本国憲法、なかでも第9条はこのような歴史を決して繰り返さない、戦争への道を歩む者たちを監視し続ける決意から生まれました。だから、「PEACE―いまこそ、憲法を」と思うのです。

※広告の本の著者は順に橋本勝、豊田直巳、鎌田慧の各氏です。3月の新刊は、『非戦という希望』(星川淳著)と『神は「憲法」に宿りたまう』(福島瑞穂・佐高信著)です

(「七つ森通信」No.10―2004年3月)


“募金”あるいは“寄金”について
――市民出版をめざそう・その2――

 今号の「七つ森通信」にも何点かのチラシやリーフレットを入れさせていただきました。宅配便がメール便という新しい配達システムを導入したので、このような形でお送りするのが可能となったわけです。今後もいろいろな情報をお送りしますが、同送をご希望の方は、ご一報ください。
 さて、これらの多くが“定期購読”や“参加”を求めていたり、“募金”あるいは“寄金”という形で資金を募っているのですが、このめざすものについて考えたいと思います。小社も各団体が発行する通信やパンフレット、書籍、あるいはビデオなどの購入に相当な金額を割いていますが、このようにして収集した情報を注意深く読み解くことによって、大きな時代の流れや現在必要とされるものを見極めて、新刊企画に生かすようにしています。テレビや新聞、大出版社の本からはつかみきれない貴重な情報が得られるからです。また、よりよく生き、状況を変えていこうとする人びとの考えに勇気づけられることも大きいからです。
 今回同封したものから、その方法を考えてみましょう。
『DAYS JAPAN』はイラク爆撃から1年目の日に創刊される新雑誌ですが、予約購読制をとることによって、メディアとしての独立性を保とうとしています。そのために、“年間予約購読料”と“募金”を募っていて、「募金を寄せていただいた方は、創刊号巻末にお名前を掲載します」としています。
『石井武の生涯』を刊行する会では、昨年7月に亡くなった石井武さんを追悼するばかりでなく、彼の思想と生き方を語り継ぐ本の出版を企画しています。石井さんは成田空港の建設に反対し用地内の農地を守り続けきた方です。同会では本の予約申込と“寄金”を求めていて、メッセージの掲載と“寄金”を寄せた方の名前の掲載をして、「浄財をもって『石井武の生涯』が歴史に語り継がれる本として出版したい」としています。両方とも、賛同人もしくは発起人の方々の名前が掲載されています。
“募金”あるいは“寄金”――言葉は違いますが、資金を募る方法を模索しているともいえます。近年、マスメディアを通して意思表示をすることがますます困難になっています。市民サイドのメディアは資金難から十分な活動ができているとはいえない状況が続いています。
 このようにして資金を募ることで、メディアの独立性を保ち、良質の情報を発信することが可能になることは確かです。他にも多様な方法が考えられるでしょうが、市民社会において自前のメディアをつくり出していくことが、ますます重要になってくると思います。それは市民出版にとっても重要なことです。