脱原発に歩みだす


書評1 書評2 書評3 書評4

目次

「脱原発へ歩みだす」

 チェルノブイリから2周年、昨'88年4月の「原発とめよう1万人行動」は2万人にふくれあがり東京・日比谷公園を埋めつくした。本書はその8つの分散会の記録集。1原発の危険な運転状況、2チェルノブイリ事故と食品汚染、3海外ゲストの講演、4核燃料サイクルと廃棄物、5核燃料輸送、6世界の核被害と放射線基準の緩和、7労働者と反原発、8原発計画と地域の自立、が内容。そのどれをとっても早急な特効薬的手段はない。だから実行委の事務局長をつとめた高木仁三郎は、それが「脱原発法」制定運動への提起につながったことを認めながらも、あれは<スタートとしての成功であって、真価が問われるのはこれからです。これが日本の脱原発として確実な実りを結んでこそ、はじめてあの4月が生きてくるでしょう>と述べている。また西尾漠は、本書が新しい展開への1つの「宝の山」となっていたら嬉しいと誌している。

『出版ニュース』1989年6月下旬号

書評1 書評2 書評3 書評4 目次 


心をうつ人々の行動

 昨年の4月23・24日に、東京の日比谷公園で、反原発全国集会が開かれ、全国から2万人の人びとが集まった。科学技術庁や通産省への交渉と同時に、各地から集まった人たちの体験、情報交換の場が、あちこちで自然発生的に車座になってひらかれ、分散会、日比谷集会、パレードなどが、自主的にしかも調和をもって見事に行われた。それは「一流と称する料理人の手ではけして作りえなかったであろうほどのすばらしい料理」であり「監督も指揮者もなく、めいめいが自分の持ち味を出し合い、それでいて隣り合う他の持ち味をも引き出そうとする思いやり」がにじみ出ていた集会だった。
 その記録が、こうして世に出たことは、美味を食さなかった人達にも、自分達の日常を考えなおすきっかけを与えてくれるにちがいない。
 原発立地の地域住民や自然だけでなく、全国民が、いまや原発の核の恐怖にさらされている。それだけでなく札ビラでの買収、精神の荒廃、刹那(せつな)的な生き方、子や孫達への無責任。――
 いまこそ、私達は、時代の転換点に立たされていることを、改めて思わないわけにはいかない。
 私がとくに心打たれたのは、自分の村や海や町に、建設されそうになった原発を、ほぼ20年、いや、これからも阻止していく人達の行動である。
 第8章「原発計画と地域の自立」に登場する、農民や漁民の言葉は、改めて「自分と地域」が何であったかを、私達に目からウロコが落ちるように悟らせてくれる。
 窪川町、日高町、祝島、そして女川。それらの地域の人たちが、自分の住む地域社会を愛し、補償金などの一獲千金で土地を売りわたすのでなく、村おこしをして自立し、その土地の生産物を加工して、子孫も含めてみなともに働く場を持ち、ともに生きていこうとする人間らしい気持ち。
「どんな資本も知恵も裁判も、その地域、地方に住む人のほんとの心を知らなかったら勝てない」と窪川町の島岡さんは言う。日本は、こんな地域社会から変わっていくのかもしれない。

(暉峻俊子)
『信濃毎日新聞』1989年7月2日号

書評1 書評2 書評3 書評4 目次 


脱原発へ歩み出す

 主催者の予想を越えて2万人の人が集まった昨年の全国集会は、「脱原発」ということばを世間に広げるきっかけともなった。「感情論」とか「チャイルディッシュ」とか悪口を言われる脱原発の運動が、中身の濃い豊かな運動であることを、この本ははっきりと示している。各原発の事故の状況、食品汚染、廃棄物、地域の自立などそれぞれのテーマについて、運動をすすめてきた人の意見が語られるので、単に記録としてだけでなく運動の参考にできる。サミ人のポール・ドーイさんの「地球上どこにも安全な場所はない。日本の原発もとめてほしい」という訴えは、胸に刻みたい。(H)

『婦人民主新聞』1989年6月16日

書評1 書評2 書評3 書評4 目次 


脱原発へ歩み出す

 原発をとめようの旗印のもとに、チェルノブイリ事故二周年の昨年四月二三、二四日の両日、東京・日比谷公園に全国から二万人の人が集まった。準備する側では、はじめ一万人といっていたが、心の底では、とても無理だと思っていたというから、これはもう大々成功。その分散会の記録をまとめた。
 もともと大きな危険性をもった巨大装置である原発が、稼働率をあげるために、安全を食いつぶして運転されている状況の報告や、それに対抗していく運動論の討議をはじめとして、会場の熱気がヒシヒシと伝わってくる。
 そのほか、「チェルノブイリ事故と食品汚染」「海外ゲスト(スウェーデンとオーストリア)の講演」「核燃料輸送」「世界の核被害と放射線基準の緩和」「労働者と反原発」「原発計画と地域の自立」の各集会の記録が収められている。
 どこを読んでも、原発というものがもっている「人類に対する犯罪性」がいやというほど知らされる。高木仁三郎氏が強調しているように、この全国集会の成功は、脱原発社会をつくっていく運動に向けての新しいスタートである。

『科学朝日』1989年9月号

書評1 書評2 書評3 書評4 目次