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| 書評1 |
| 技術者の視点で冷静に |
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建設中の「もんじゅ」の取材中、動燃事業団の技術者が「もんじゅは、造ることでその役割の8割は達成したことになる」と語った言葉がいつまでも耳に残っている。地元の人間として強い違和感を感じたからだ。「動かすことに2割の価値しかないのなら、やめたらどう…」。心の中でそうつぶやいていた。 『福井新聞』1994年3月14日付 |
| 書評2 |
| 説得力ある技術解説 エネルギー問題の打開に挑戦を |
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本書は、原子核とか核エネルギー反応などにつき初歩的知識を持つ読者層に対して、ナトリウム冷却高速増殖炉、特にようやく来月にも運転開始する予定の「もんじゅ」とはどのような炉であるかを、300ページ以上を費して懇切に解説したものである。 (古川和男・東海大学教授・高温融体技術、核エネルギー論専攻) |
| 書評3 |
| 「もんじゅ」 |
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4月に初臨界を予定している動力炉・核燃料開発事業団の高速増殖炉もんじゅ(福井県敦賀市)を、専門家の立場から批判してきた京大原子炉実験所の小林圭二助手(五四)が、多くの人に危険性を知ってもらいたいと「高速増殖炉もんじゅ―巨大核技術の夢と現実」(七つ森書館)を出版した。 『高知新聞』1994年3月12日付 |
| 書評4 |
| 「もんじゅ」 |
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原発の危険性を訴える書は既に多く出されているが、本書は原子炉研究者による高速増殖炉批判の書として貫かれている点がきわだっている。<原発として最初に注目されたのが高速増殖炉だったこと、その高速増殖炉がいまだにものになっていない><世界で約400基の軽水型発電炉が稼働しているなかで商業用高速炉はただの一基も稼働していない>事実は何を物語るのか。そんな動きに逆行する試みが一九九一年、福井県敦賀市に建設された高速増殖炉「もんじゅ」である。ただしさまざまなミスや問題点が露見し、稼働は延期されている。 『出版ニュース』1994年4月中旬号 |
| 書評5 |
| 「高速増殖炉もんじゅ」 |
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高速増殖炉の「もんじゅ」(福井県敦賀市)が4月、本格的な原子炉の実験を始めた。欧米が相次いで開発から撤退したが、もし体系を完成させれば、消費した以上のプルトニウムを生み出してウラン資源を60倍も利用できるという「夢の原発」。かつて、この夢に共感した原子炉研究者が、全体像をわかりやすく説明して「科学的装いをこらした幻想」と結論したのが本書だ。 『毎日新聞』1994年6月27日付 |
| 書評6 |
| 「もんじゅ」の臨界と科学者の責任 小林浩夫 |
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「もんじゅ」が臨界に達しました。日本の潜在的核武装能力だけにしか意味がなさそうなこの計画も、惰性で行きつくところまできてしまいました。長良川河口堰同様、官僚の面子と寄生する企業の思惑が、無意味な計画を延命させてきたといえます。もちろん、つまらない幻想をふりまいた御用学者連中の罪は大きいと思います。「もんじゅ」の臨界が三度延期の後、この4月にやっと達成されたことは、当初見積りの16倍にふくれあがった建設費とともに、無理を重ねての開発を示しています
1)。 ・核暴走しやすい「もんじゅ」 高速増殖炉(FBR)のもつ大問題は反応度事故(核暴走事故)、ナトリウム問題、増殖の実現可能性、プルトニウムにからむ警察国家化、核武装あたりに大別できそうですが、個人的には特に反応度事故に興味をそそられます。暴走しやすいFBR、地震に弱いFBRという指摘は、沸騰水型軽水炉(BWR)の事故論にこのところ執着している私にとって、また東海地震の震源域にある中部電力浜岡原発の反対運動にかかわっている私にとって、見過ごしにできないものです。 ・物理学者の責任 なぜ日本がFBRにこだわるかについて、小林さんは以下の3点をあげます。 ・堕落しないためには 井野博満さんがいうように 5)、「19世紀以降の科学は、『俗』(=産業)に奉仕するために組織され、体制化されてきた。天才でも大金持ちでもないわれわれが科学技術に従事できるのはその結果でしかない」のは冷厳な事実です。貴族の余技として科学技術があった時代ならともかく、給与生活者としての科学者、技術者は給料、地位の問題がまず頭にあり、極端な場合はデータのねつ造も出てくるでしょうし、つまらない仕事も論文にしたり、特許を申請したりもするでしょう。職業としての科学者、技術者が大量に登場したときから堕落が始まったことは否定しようもありません。 注
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