ヒロシマ発チェルノブイリ


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同じ過ちをくり返さないために。
ヒロシマからみる原子力発電。

木原省治「原発はごめんだヒロシマ市民の会」代表

 「広島に住むひとなら、わたしたちの苦しみをわかってくれるはずでしょう」と、広島の隣の山口県上関の原発予定地で反対運動をしている女性の方から声をかけられた。原爆というかたちの放射能の怖さを体験した広島のひとなら原発建設に反対する上関のひとたちの気持ちもわかるだろうということからである。
 世界各地では、8月6日、9日を「ヒロシマ・ナガサキデー」として、軍事施設だけでなく原発やその関連し施設で反対する行動が行われているという。
 広島には、世界各地から平和問題や核に関心を寄せるひとたちがたくさん訪れる。わたしは彼らから、共通して次のような質問を受けることが多い。
 「日本は被爆国でありながら、なせ50基を超える原発を運転しているのか?核兵器の原料にもなるプルトニウムを、なぜ大量に持とうとしているのか?それに対してあなたたちは、どんな反対運動をしているのか?」
 そう尋ねられ、この問題への日本人の無関心さにわたし自身が恥ずかしい思いを持つことになる。世界の感覚からは、核兵器も原子力発電所も同じ側面を持つ「核」なのである。
 残念ながら、広島では原発のことは大きな問題にならない。近くには、四国電力の伊方原発や中国電力の島根原発があり、上関などの原発建設予定地もある。また、一方中国山地が高レベルの放射性廃棄物の最終処分場に狙われているというのに!
 わたしは被曝2世として生まれ、広島の中で原子力発電に対する市民運動がなければならないという思いから、1978年に「原発はごめんだヒロシマ市民の会」を結成した。
 あと少しで21世紀を迎えるが、欧米では20世紀における最大の過ちとしてアウシュビッツ・ヒロシマ-ナガサキ・チェルノブイリ」ということがしきりに言われるのだそうだ。わたしたちは、これらのことからきちんとした教訓を汲み取り、同じ過ちを繰り返さないためにどうするか?それは原発投下という悲惨な体験をした日本人の大切な役目でもある。
 人間は生まれたからには当然死ぬ。しかし科学というものによって「殺される」という不自然な死は避けなければならない。「ヒロシマ」は、戦争被害としての「核(核兵器)」と、文明災害としての「核(原発)」の両方をこれからも告発し続けなければならないのだろう。それが「ヒロシマの今の役割」である。

[きはら しょうじ]両親と姉2人が広島で被曝。被曝二世としての米国旅行をきっかけに反原発運動に関わりはじめる。96年、事故から10年目のチェルノブイリを訪ね「原爆写真展」の開催に協力。著書『ヒロシマ発チェルノブイリ・僕のチェルノブイリ旅行』(七つ森書館/刊 本体1600円)はその旅行記。

『月刊クーヨン』1999年8月号(第4巻第8号 通算41号)