市民科学ブックス4
エシュロン

暴かれた全世界盗聴網
欧州議会最終報告書の深層

小倉 利丸 編


 

 世界的通信傍受の怪 欧州議会報告書を全訳

 英米を盟主とする英語圏政府が1970年代から、「エシュロン」と言われるいわば「簗(やな)」のような機能を用いて世界中の通信文を検閲し、90年代からそれをビジネスにもしている疑いについての認知は、この防諜後進国・日本でもかなり広まってきた。しかし、それに対して非英語圏としてどう対抗するかを説いた著述は、まだあまり見ない。

 本書は、2001年の「欧州議会エシュロン盗聴システムに関する特別委員会 最終報告書」の全訳。イタリア人委員の名前が目立つが、やはり陰のまとめ訳は、英米のために各地で巨額契約を横取りされたフランスだろう。フランス政府は「情報の自己決定権」にはあまり関心はないのかもしれない。

 今回、米NSA(国家安全保障局)関連の書籍や報道の博引であるとか、「インターネットを使う人は、この暗号を活用しましょう」などの具体的詳細なアドバイスに至るまで、本書の刊行で余さずに和文の冊子となったことの利便は大だ。

 しかし、評者としては以下のように言い添えてみたい。

 エシュロンという簗漁の黄金期は、一本の川を大魚ばかり上下していた、初期の衛星通信時代だった。90年代以降は、インターネットの普及とともに、言わば無数の細流で雑魚が大きな鯨の尾鰭(トリガーワード)をつけて泳いでいるようなものなのだ。「対テロ」の目的では、掬い漁りの効率は頓減している。

 あの「9.11」を為したのも、「テロ」のレッテルを何にでも貼って自動処理をしたがるアルファベティカルな発想に括られない意思ではなかったか。

 日本人なら、毛筆手書きの通信文を文字データではなく、画像データとして送受するだけで、少なくともエシュロンはすり抜けられるか、アルファベット圏では「脱デジタル化」は困難。結局はEUとて、いちばん時間とコンピューターのバイト数の節約になる「英語」の支配に覆われる運命が待つように思える。


評者 兵頭二十八(軍学者)

『東京新聞』 読書欄 2002年9月8日(日) より

※『北海道新聞』、『中日新聞』にも同記事が載りました。


 エシュロンとは、アメリカの国家安全保障局を中心に、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドが加わる世界的な盗聴組織である。さまざまに噂されながら実在が確定されていなかったが、昨年、欧州議会が最終報告書を発表し、実態が明らかになった。本書はその全文の邦訳と、批判的な解説からなっている。
 なぜ批判的な解説なのかといえば、報告書の結論が産業スパイの盗聴を重視して、市民的な権利の侵害を軽く見ているからだ。とはいえ、衛星通信を追尾して分析する盗聴基地の存在を指摘した点などは貴重だ。管理・監視のネットワークの中で、私たちは生かされている。

『ダカーポ』No.500 2002年10月 より