総合学習の創造
理科を変える、学校が変わる
最首 悟、盛口 襄、山口 幸夫 編


 


 大量のエネルギーと資源を消費し生産を上げる、そして進歩・発展こそが人類の未来と信じられていた。一方、資源の枯渇・エネルギーの危機を全地球の問題と考え、人間の叡智で対処する、何よりも環境に負担をかけないようにする、そういう立場がある。ハードパス=進歩のための科学と、ソフトパス=市民のための科学である。
 「ここに二つの道があります。あなたはどちらの道を選びますか」──日教組全国教研理科分科会で、共同研究者からの呼びかけに自分の理科教育が否定されたと思った教員たちが、共同の研究を重ねながら応えていった。そんなドキドキハラハラの実践がいくつか収められている。
 三重の小学校からの報告。
 出産の時、いきみでうんこが子ウシにかかる。もうだれも汚いと言わなかった。それどころか、そんなに一生懸命、気張って産んだのだととらえていた。
 「生まれる瞬間を見てうれしかったです。みんな、ガンバレと声をかけて、ずっとウシを見ていました。今日は感動の日だと思いました。私はみんなが優しいので、それにも感動しました」と子どもは感想を書く。自分を確かなものにしていく姿と向きあって、理科のもつ感動や、未来に生きる子供たちに何を託すか、どう生きていってほしいのか見えてくる気がした、と教員はいう。
 本書から、子どもたちと教員たちの現場では、ゆっくりと確かな変化が起きつつある、と確信した。

『日教組教育新聞』2002年9月17日(火) より



 本書は人類のとる道として、二つの考え方を提示している。現在の世界は、経済至上主義によりエネルギーや資源を大量に使っている。これは発展・進歩こそが善という考え方で、ハード・パスと呼ぶ。もう一つの道は、環境に負担をかけず資源・エネルギー問題を全地球的にとらえて対処していこうとするもので、ソフト・パスと呼ぶ。
 前者の結果、自然を破壊し貧富の差を拡大し、民族問題や宗教問題も引き起こしている。ソフト・パスこそがこれを救う道であるとし、理科教育をこの考え方にもとづいてとらえ直し、作り変えていこうという主旨で、小中高校での理科、および総合(的)学習の実践を紹介している。
 地域で見られる動植物の「はしりもの・かわりだね」を教室に持ち込む。居住地で地域の自然と人間と接していく。畜産家で牛の出産に出会い、生き物の命の一片に触れていく。自分の眼で物を見、自分の耳、肌で音を聞く。子ども達が住む地域や直接触れる物質、物体が教育内容として授業の中に持ち込まれる。
 しかしそこに大きな問題が立ちはだかる。それは教育内容と教材の区別である。目の前にする現象がそれ(教材)だけに止まらないために、その体験を敷衍、普遍化し、自分自身を豊かにしていく。より少ない内容を豊かな教材で協同しながら身につける場としての学校であり、教科である。生徒たちが生き生きと活動するだけに、その問いを忘れがちになる。
 また、ソフト・パスは西洋近代文明を完全否定しかねない。自然破壊、人心の荒廃をもたらしたものが西洋近代にあるとしても、科学技術、これまでの人間の叡智を捨て去ることはできない。
 筆者たちも思考、実践を重ねながらの書である。がしかし、具体的な検討材料として大きな意味をもつものである。

『理科教室』2002年5月号 より