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証言 高木仁三郎 著 JCO臨界事故はどうして起こったのでしょうか?高速増殖炉「もんじゅ」事故は?東海再処理工場の事故は?日常の作業にひそむ事故の影が、明らかになる証言はまさに衝撃的です。青森県の核燃料サイクル裁判の証言を本にまとめましたが、豊富な資料を駆使して、読みやすい1冊になりました。 |
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(I) 主尋問 (II) 反対尋問 (III) 講 演 (IV) 証拠書類 |
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まえがき 裁判の証言というのは、一般に人々が想像するよりもはるかに大変な仕事である。証言そのものは、3時間くらい、これを2回と反対尋問一時間半くらいを行なえばよいので、3日間くらいの予定をとられるが、極端に大変な作業というわけではない。問題はその準備である。 法廷では、意見書とかメモとかによって、若干文書化したものを証言の一部として利用することもできるが、ほとんどはすべて資料が手元にはない(弁護団や被告側にはある)状況で、頭の中で証言を組み立てておかねばならない。「真実のみを述べ」と宣誓して始めるから、誤りも許されない。そのための準備が大変なのである。 とくに今回の場合、私は体調のこともあって、普通3回なり4回なり入る法廷を、反対尋問も含めて1日にしてもらった。楽になったのは確かだが、その1日のうちにすべてをまとめなくてはならない。 証言の内容は、一口にいえばこの10年のことである。私の『下北半島六ヶ所村核燃料サイクル施設批判』(七つ森書館、1991年)が出てから、ほぼ10年たった。その十年の間に核燃料サイクルについては、実にいろいろなことが起こった。それを総まくりしようというのだから、裁判を別にしても大変な作業である。 あまり大変に思えたので、約1年前、弁護団から依頼があった時には、私は病気を理由に断らざるをえなかった。その後、病気の方が一向によくならなかったのに、私の方からこの証言をかって出たのは、なんといってもJCOの臨界事故があり、このまま無言ではいけないと思ったことである。さらに、病状からして、私に残されたチャンスは多くないと思った。いま証言しなければ、それで一生できないだろう。青森で証言できないでは、それこそ末代まで悔いが残る。命を縮めることになってもよいから、証言しようと思った。 それだけ力んだほどの内容のものになったかどうかは、読者に判断していただくほかないが、なんとも醜悪奇怪に巨大な施設の工事が六ヶ所で進行する。その先には巨大な破局しか待っていないと考える。私の思いは、読者に汲んでいただけたのではないかと思う。 この裁判にあたり、ほんとうに多くの人々の言葉に尽くせないご厚意に接した。浅石団長をはじめとする弁護団の皆さん、原告団の皆さん、全国からこのたった一日の証言のために参加してくださった傍聴の方々、諸準備をすすめてくださった事務局の方々など、本来一々名前をあげて感謝をしたいほどである。また、本書を仕上げるにあたっても数えきれないほどの人々にお世話になった。 そのうえに、この特例的な法廷が実現するに際しては、青森地方裁判所、そして被告の国側にもいろいろな無理を聞いてもらった。裁判官、被告代理人とも、私の健康状態に気をつかって下さったことがよく伝わった。ここに記して感謝しておきたい。 本来は、六ヶ所の裁判の中でも最初の「ウラン濃縮工場」に関する裁判であったにもかかわらず、特例的に、六ヶ所の全施設と日本・世界の全核燃料サイクルにわたって、限られた時間ではあったが、全面的な証言をさせていただいた。あらためて思うことは、このまま六ヶ所の計画を進行させてはならない、ということである。それはいよいよ先の展望のないゴミ捨て計画として進行し、国の廃棄政策に関する展望のなさが、すべてシワ寄せとなって地元の人々に押しつけられるという、泥沼状態的状況が、10年を振り返ることでいっそうはっきり見えてくる。 この泥沼は、いまなら抜け出せるだろうが、もう何年かしたら、ほんとうに頭をとられて抜け出せない状態になるのではないか。そうなる前に、強力な理性の力がはたらくことを、祈らずにはいられない。 私自身は、自分の闘病生活もいよいよ、しめくくりの覚悟をしなければいけない時機に来たと秘かに思っている。そのしめくくりの作業の一つが本書において実現したことは、個人的にも幸せなことであった。そんな幸せに恵まれる人は少ないかもしれない。 裁判の証言ということで、読みにくい部分もある本かと思うが、一人でも多くの人に私のメッセージが伝わることを祈って筆をおきたい。 大きな転換の21世紀を期待しつつ 2000年9月 高木仁三郎 |
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証言 |
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市民のための科学を目指してきた著者は10月8日ついに死去した。本書はその直後に発行されたもので4月28日に青森地裁で行われた六ヶ所のウラン濃縮工場に関する裁判での証言と講演が収録されている。 『ふぇみん』2000.11.15「新刊紹介」より |
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今年4月の六ヶ所村核燃裁判での渾身の証言を本にまとめたもの。前書きに、高木さんからの最後のメッセージが添えられている。91年の書き下ろし「核燃料サイクル施設批判」(七つ森書館)を事実で裏付け、より読みやすく書かれているので、核燃料サイクルの問題のテキストとしてもお奨めしたい。(あ) 『胞子』第245号2000.11.5より |
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本書は、本年4月28日に青森地裁で行われた「六ヶ所村ウラン濃縮工場の核燃料物質加工事業許可処分無効確認・取消訴訟」の口頭弁論と、同日青森市内で行われた講演会「私たちの運動と核燃の未来」を収録したもので、語るのはこの秋に亡くなった故高木仁三郎である。 『出版ニュース』2000.12月号「ブックガイド」より |
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高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏洩事故やJCOの臨界事故など、国内各地の原発での近年の重大事故で、原子力行政への国民の不信感はますます高まり、地元住民の反対運動は激しさを増している。 本書は、昨年4月に青森地裁で行われた、同県六ヶ所村にある「ウラン濃縮工場」の事業許可処分の無効および取消を求めた裁判の、口頭弁論の証言等を収めたもの。 氏はこれまで原子力問題に関する多くの書を出版。75年には原子力資料情報室を設立、同問題の調査研究や評価を行ってきた。97年には“もう一つのノーベル賞”と言われる「ライト・ライブリフッド賞」を受賞。わが国における原子力研究の第一人者だ。 証言では、六ヶ所村の問題のみならず、この10年に起きた重大事故を総括。核燃料サイクル施設の危険性を訴えるとともに、事故の共通性を見いだし、問題の本質を明らかにしている。 初歩的な設計ミスや無知。工程変更後の安全性の未確認。異常事態の不的確な把握とそれによる事態の拡大悪化。事故を想定した対応の不備。品質管理の欠陥。事故隠し……。 非常に高度な技術が展開されていると思われる原子力施設で、実に“人間的な”過ちが往々にして繰り返されているという。「原子力には高級な理論があるというのは、まったくの神話であって、実は真空状態だったんです、そういうことが原子力の世界にはたくさんあるんです」と。原子力産業で働く経験をもつ著者だけに説得力がある。 そして、原子力発電は、「非常に危険性が高くて、核の危険性ということがあるために基本的に原子力は人類と、相容れない」と訴え、その平和利用にさえ反対の声をあげる。 市民の目の高さで行動する科学者による、「理性」の力を促す書。(智) 『聖教新聞』 2001年1月10日(水)より |
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