市民科学ブックス 1
人間の顔をした科学

高木仁三郎 著
定価:1200円+税

四六判 158ページ
2001年刊
ISBN 4-8228-0144-6


   



本書の出版にあたって

 本書は、高木仁三郎さんが亡くなってから編集されたものです。「1.人間の顔をした科学」と「2.高木学校とその志」は、編集部で預かっていたものです。これらに2つの講演録を収録しました。それぞれの初出は、以下のとおりです。

  1. 人間の顔をした科学……2000年3月28、29、30日に放送されたNHK教育テレビ人間講座「人間の顔をした科学」を、放送用元原稿を参照して校訂。
  2. 高木学校とその志……1999年6月26日、7月3日に行われた高木学校特別講演「高木学校と宮沢賢治」(講師は、ほかに林洋子さんと斎藤文一さん)における講演「高木学校の志し」をもとに執筆した「高木学校とその志」(『想像』86号、1999年10月1日発行)。
  3. プルトニウムと市民……1998年12月5日に行われた高木学校Bコース第一回連続講座「化学物質と生活」の第1回講座「プルトニウムと市民」の講演。
  4. 原子力神話とJCO臨界事故……2000年3月7日に行われた高木学校と「反原発出前のお店」が合同して行われた特別講義。

七つ森書館編集部


目次

1 人間の顔をした科学

第1章 東海村臨界事故から思索する
第2章 市民科学者・宮沢賢治
第3章 あきらめから希望へ


2 高木学校とその志

はじめに
第1章 宮沢賢治の志に学ぶ
第2章 プラトンの学園アカデメイア
第3章 自分の営みへの反省と高木学校
第4章 闘病の中で考えたこと
第5章 高木学校のこれから、あるいは高木学校への誘い

3 プルトニウムと市民

4 原子力神話とJCO臨界事故

第1章 原子力発電の困難――その基本
第2章 原子力神話――その形成と崩壊
第3章 いま直面する原子力問題
第4章 JCO臨界事故

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しあわせにしてくれる科学ってどんな顔?

……体力の続く限りわたしは原子力問題にこだわろうかなと思っているんですね。これからの新しいエネルギーに関しては、若いひとたちがやってくれるでしょうから。
 宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』をご存じだろうか?詳しくは読んでみていただきたいのだが、主人公のブドリは、イーハトーブの街を寒波から救うため、自ら犠牲になって火山を噴火させる。賢治から、本当にひとびとをしあわせにするための科学、つまり「人間の顔をした科学」のなんたるかを学んだ著者・高木仁三郎さんだが、この物語でひとつ納得しかねる点があると言う。それは、年老いた技師や博士ではなく、市民の立場である若いブドリが犠牲になったことだ。
 あくまで「市民のための科学」にこだわった高木さんの、生前の原稿と講演録をまとめた本書。原発から科学を考え、宮沢賢治から高木学校の志を語る……原子力産業の熱心な研究者だったのが一転、反原発を唱え、市民科学者を志した高木さんの要素がこの一冊に凝縮。
 科学を、原子力を知り尽くしたひとが「あきらめない」と言うのに、わたしたちが「しかたがない」とどうして言える?

「月刊クーヨン」 2001年9月号より

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〈人びとの心の奥底にあるのは単純な技術の選択の問題ではなく、もう少しちがう科学技術への期待があるのはないかと思われます。つまり、人びとが安心して安らかに暮らせるような科学のあり方を望んでいるということ〉〈これを「人間の顔をした科学」といってもよいと思います。〉ガンとの闘病生活の中で、JCO臨界事故に直面し、亡くなる直前まで原子力開発に警鐘を鳴らし続けた高木仁三郎の最後の講演録。
 収録されたのは、「人間の顔をした科学」「高木学校とその志」「プルトニウムと市民」「原子力神話とJCO臨界事故」で、とりわけ臨界事故については、自身に残された時間がないのを知りながら未解決の問題点をとことん追究する。そんな著者の思いは、ここでも語られている「高木学校」の成果として、また原子力資料情報室の活動にと継承されている。その核心に市民科学の思想が据えられていることが伝わってくる。

「出版ニュース」 2001年7月号より

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 昨年10月反原発運動にとって大切な人だった高木仁三郎さんが亡くなった。この本は、ガンとの闘病生活のさなかに、人々にこれだけは伝えたいという強い思いを込めて話された講演四編を収録したもの。
 市民科学者。宮沢賢治について、尊敬と愛情を込めて語り、自ら設立された高木学校については、市民のための科学者が育って欲しいという志への思いがあふれている。またプルトニウムのことや、東海村のJCO臨界事故に関しての、核技術が潜在的にもっている暴力性、破壊性について、そして国の対応への批判なども専門的なのに普通の市民にも分かりやすい。
 もし科学が人間の顔をしていたら、多くの科学者が人間の心をもっていたら現在のように人や、あらゆる生物にこのように害をもたらすことにはならなかっただろう。貴重な科学者を失ったことを改めて思う。

「ふぇみん」 2001年7月5日号 新刊紹介より

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 昨年亡くなった高木仁三郎は、最初から反原子力発電の人ではなかった。原子力というものの可能性を信じ、その未来に賭けていた人だった。しかし、そうはいかないと分かったとき、彼は自らへの問いかけを含めて、痛苦を伴った転換を図る。高木の指摘が、原発を推進する人の側からも耳を傾けられるのは、自分の「過去」を隠さないその誠実さに起因する。
 この本は最後の講演集だが、実に分かりやすく、いま直面している「科学と人間」の問題を語っている。とくに説得力があるのは、「知れば知るほど、いろんな問題が見えてくる」と述懐していることである。進歩はまた、未知の領域を広げるのだということで、謙虚な至言だろう。原子力産業は「巨大さゆえにやめられなくなってしまっている」とも高木は語っている。放漫経営の企業に過剰融資をして引き返せなくなった銀行や、不必要な公共事業を続ける政府にも似た構造になっているということだろうか。 佐高信(経済評論家)

朝日新聞 2001年6月24日(日)朝刊 読書欄

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