市民科学ブックス 2
エントロピーと
地球環境

山口幸夫 著
定価:1300円+税

四六判 168ページ
2001年刊
ISBN 4-8228-0147-0



  

エネルギーを使えば使うほど、エントロピーが発生する。
これは表裏の関係である
―─その結果、地球環境は汚れ、後戻りできないところまできている。
著者はエントロピーを手がかりに、
「科学技術で環境問題を克服できるか」と問う。
思いもよらない考え方が見えてくる。


はじめに

1 温度と熱がキーワード

第1章 温度とは何だろう?
    1 原子・分子の運動と温度
    2 電磁波の働きと温度
第2章 電磁波のエネルギー
    1 さまざまな波長の電磁波
    2 波のエネルギー
第3章 気体は、液体にも固体にもなる
    1 物質の三態変化、気圧
    2 水循環に大切な潜熱
第4章 熱とは何だろう?
    1 ジュールの実験以前
    2 ジュールの実験
第5章 比熱は温まり方の違い
    1 比熱とは 
    2 比熱と海陸風 
第6章 太陽光・太陽熱の恩恵を利用しよう
    1 一升びんで風呂を沸かすとしたら…… 
    2 太陽の恩恵 

2 エネルギーは姿を変える

第1章 エネルギーはどのように姿を変えるか
    1 エネルギーの変換 
    2 核分裂と核融合 
    3 核エネルギーは石油の200万倍 
    4 額面通りに受け取れないデータ 
第2章 石油エネルギーの利用を転換しよう
    1 100年余で台頭した石油エネルギー 
    2 石油の寿命はあと40年? 
    3 化石資源を使わない社会に 


3 エネルギーの裏の顔はエントロピー

第1章 エントロピーの元祖サジ・カルノーの生きた時代
    1 現代社会のパラダイム
    2 資源の少なさが生んだ「効率」 
第2章 カルノーと蒸気機関
    1 蒸気機関の移り変わり 
    2 ワットの蒸気機関 
第3章 カルノーの研究を振り返る
    1 気体の状態方程式を思い出す 
    2 カルノー機関とは 
    3 カルノー機関の特徴 
    4 カルノー機関と現実社会 
第4章 能率・効率をエントロピーから考える
    1 「エントロピー」の誕生 
    2 原子力発電の効率 
    3 カルノーの結論 
第5章 時間の矢はもとに戻らない
    1 拡散と熱の伝導 
    2 統計力学におけるエントロピー 
    3 環境を汚すエントロピー 


4 エントロピーのメガネをかけて
           地球環境を見る

第1章 金属の利用とエントロピー
    1 鉄―二酸化炭素を増やす 
    2 ステンレス―エントロピーの大きな合金 
    3 アルミニウム―二酸化炭素と電気と 
    4 素材とエントロピー 
    5 ソーダ工業 
第2章 原子力発電は環境を汚染する
    1 ウランの再処理からプルサーマルへ 
    2 100万年の憂鬱 
    3 行き場のない使用済み燃料 
    4 エントロピー増加の速度を抑制する 
    5 プルサーマル計画 
第3章 生命系の源は植物にある
    1 電気―いいことづくめではない 
    2 光合成―負のエントロピーか 
    3 エントロピーは増大している 

おわりに


【はじめに】
 1997年12月に、京都でたいへん重要な国際会議が開かれました。気候変動枠組み条約第三回締約国会議(以下、温暖化防止京都会議)です。略して、COP3(The 3rd Conference of the Parties to the United Nations Framework Convention on Climate Change)。
 その年、私は東京の杉並区民大学という市民大学で、熱心な市民を相手に、エントロピーのセミナーを担当していました。テキストは戸田盛和先生の『エントロピーのめがね』(岩波書店、1987年)でした。
 セミナーのメンバーにとってCOP3は他人事ではありませんでした。私と一緒に、何人も京都まで出かけ、たくさんの人たちと交流してきました。そのセミナーのメンバーが出会った一人に法政大学経済学部の吉岡正志君という学生がいました。彼は、市民がエントロピーを勉強していることを知って驚き、COP3が終わって法政大学に戻ってきて、私にこう言ったのです。
「市民たちが勉強しているエントロピーを昼間の大学生である僕らが学べないって、おかしいんじゃないでしょうか。僕らにも講義してください」
 こう言われてひっこむわけにはいきません。法政大学経済学部の3.4年生の専門科目の一つに「環境と技術」というものがあり、私が担当していたので、思いきって、1998年度のその講義を、“エントロピーと地球環境”という内容にしてみました。
 実は気の重い仕事でした。残念なことに、大学の文系に進んでくる人の多くは、高校までの理科と数学をきちんと学んでいません。エントロピーを語るには、まず、熱や温度の基礎知識が必要です。また、カルノーの研究にふれないわけにはいきません。それは大学の理科生でも嫌うところです。市民たちが仕事を終え、夜やってきて、積極的に学びたいという区民大学とは、昼間の大学の雰囲気はだいぶ違います。
 しかし、先学諸賢の著作や研究に学びながら、私自身のささやかな経験をふまえて、半年間、何とか講義をしてみました。吉岡君が毎回の講義をテープにとっておいたものをおこし、読みやすい形にしたものが本書です。
 そういうわけで、この本は、環境問題に関心があるけれど、理科的なことにあまりなじみがなかったという市民や大学生、高校生を読者に想定しています。厳密さを少し犠牲にしても、わかりやすさを心がけました。巻末には、さらに進んで学びたい人のために参考文献をあげておきました。
 私の講義内容が七つ森書館の編集者の目にとまり、このような形で「市民科学ブックス」の一冊に加えられたことは、大変うれしいことです。広く読まれることを期待するゆえんです。しかし、浅学非才の身、思わぬ誤りがあるかと思います。その場合は、どうぞご指摘くださいますよう、お願いいたします。

 人類は今、未曾有の環境危機に直面しています。日本を含めて工業先進国はこのことについて直接的な責任があると思いますが、一般にそのように認識されているかといえば、残念ながら、そうとは言えません。
 ゼロエミッションとか、逆工場とか、耳障りのいい物言いが、しばしばなされます。ゴミをまったく出さないことが可能なのだろうか、ゴミや排出物を主たる資源にして工場を運転できるのだろうかと素朴な疑問をもつ人が多いでしょう。
 物理学にはエントロピーという概念があります。大学の理学系ではきちんと学ぶのですが、一般にはわかりにくいとされています。しかし、化学の研究室ではエントロピーを測定していたり、極低温の物理の研究室ではエントロピー変化を利用して極低温を作ったりと、なじみ深いものです。
「エントロピー学会」が日本にできたのは1982年です。自然科学分野の人だけではなく、経済学分野の人たちも市民運動の人たちも参加しました。そこでは、現代の大量生産・大量消費・大量廃棄社会に対する反省と、これからどうするのかという共通の問題意識がありました。一部の自然科学関係の人たちに囲い込まれていたエントロピーの考え方を、広範に開放しようと考えたのです。
“エントロピーのメガネ”をかけて社会を見ると、今まで見えなかったものが見えてきます。技術で環境問題を克服できるかという問いに、エントロピーを有力な手がかりとして考えてみようというのが本書のねらいです。

 ごく当たり前に「エネルギー」という言葉が使われますが、この言葉の中には、「エネルギーをたくさん使えば、生産が盛んになって世の中がよくなる」という価値観が含まれてしまっています。「エネルギーは、人類がプラスの面で使えるもの」という意味にとられがちです。
 しかし、エネルギーには、エントロピーという「裏の顔」があることを忘れるわけにはいきません。エネルギーだけを取り出してそれを利用しておしまいということにはならず、エネルギーを使えば使うほど、「裏の顔」であるエントロピーもたくさん生み出してしまいます。その結果、現代社会では生産の縮小が起こり、環境は汚れ、取り返しのつかない状態になりつつあります。

 現在、工業先進国ではLCA(ライフ・サイクル・アセスメント)が言われています。人間が使うあらゆる品物の「ゆりかごから墓場まで」、すなわち原料の時点からゴミになるまでの間にどれだけ環境負荷を生み出すかを計算し、その製品を評価しようというわけです。原料を取り出す段階でどれだけエネルギーを使ったか、製品にしていく段階でどれだけ水を汚し、どれだけ二酸化炭素を出したかなど、さまざまな面からチェックするのです。
 エネルギーには位置のエネルギー、運動エネルギー、電気エネルギーなどいろいろありますが、一番わかりやすく、かつ一番重要なのは、熱エネルギーです。これをどう理解して、どう管理するかが、今、世界規模で問題になっていて、1997年12月のCOP3でも、このことが議論の中心でした。
 地球全体に熱エネルギーがたまりすぎていて、このままいけば、地球の気温が上がってしまうと予想されています。地球の年間平均気温は摂氏15度ですが、それが2〜5度も上がったら大変なことになります。そのことを頭に入れて、本書をお読みくださるようにお願いいたします。

2001年 盛夏
山口幸夫





市民科学ブックス 2
エントロピーと地球環境
山口幸夫 著



 この本は筆者の大学の経済学部での講義をもとにしていて、化学記号など一般市民にはなじめない点もある。しかし読むうちに光合成など学校の化学の時間を思い出しながら、熱やエネルギーの歴史と現代社会のつながりを知ることができる。それを頭に入れた上で、エントロピーについて考えることになる。私はエントロピーについて「なんらかの作用で生じる熱やゴミで、環境にとってあまりよくないもの」と漠然と考えていたが、原子力発電でのエネルギーの無駄や廃棄物、鉄をつくるために発生する二酸化炭素などもエントロピーと考えることなど、この言葉に具体的な概念をもつことができた。
 この熱やゴミを減らすことが現在の地球環境にとって急務だが、そのためにはエントロピーかどんな時にどのようにつくられるのかを知ることが大切になる。その基本が詰まっている本。(泰)

『ふぇみん』 2001年9月25日 より


 環境問題への関心の高まりのなかで「エントロピー」ということばがよく使われるようになってきた。このエントロピーとは、エネルギーを使えば使うほど多く発生する、いわばエネルギーの「裏の顔」にあたるもので、その結果、環境は汚れ、取り返しがつかない状態になりつつあるとされている。
 だが、このエントロピーは難しい概念で、高校までの理科と数学をきちんと学んだうえに、熱や温度の基礎知識、さらにはエントロピーの結論である「熱エネルギーの使用には効率の上限があり、捨て熱がどうしても必要」ということを学ぶ必要があるとされている。そこで、本書はこれらの基礎的なことを前半で学び、そのうえでエントロピーというメガネで地球環境を眺めると何が見えてくるのかをわかりやすく解説するもので、環境にやさしいとされる物も思わぬエントロピーの発生源となっている現実がみえてくる。

出版ニュース 2001.10月号より