[新装版]佐高信の
筆刀両断

佐高信 著
定価:1800円+税
四六判並製 336ページ
2003年刊
ISBN 4-8228-0361-9


1. 斬人斬書
読めば損する「信長」や「家康」 当世財界人の理念とビジョン
もういいよ「安岡正篤」 高貴な心と邪悪な心
『マンガ日本経済入門』の功罪 神話が突き崩される日
真藤・伊藤のご高説のありがたさ 部下の話を黙って聞けるか?
皇居のまわりをジョギングした猪瀬直樹 「骨」と「踏み込み」の必要性
大学という「里」の騒動 どんな言葉を遺すのか
長奢員哀のKKニッポン 殿山泰司 反骨アナーキストが逝く
ロイヤルゼリーと明日の日本 恰好のリトマス試験紙
「連結労働時間」発表の勧め 時代を批判するか、否か
「幼児ことば」の入社案内 欲望自然主義派とケジメ派の違い
“抜け道天国”の企業社会 ダーティーなのは現実の方だ
自分沈下と地盤沈下 社員の人権を無視する企業社会
格子なき牢獄の妻たち 努力したのは日本人だけか?
二枚舌とカマトト評論家 小心翼々たる人物たち
肩書きがないとゼロになる男

2.日々に読書あり
経営者の自慢話ではなく、膝を打って共感する人間の生き方
遠いアフリカで働く商社マンの切なさが伝わる経済小説の秀作
県は自ら助くるものを助く ブリリアントな「地方経営」
人間を大事にする人は音信にマメであることを痛感する
貧苦ゆえ希望などなかったつらい青春の日記に息をつめる
『岩波新書の50年』で見つけたわが師・久野収の遅筆ぶり
出口(定年)を見ず入口ばかり見て就職すると高値づかみとなる
読者にも他人ごとではない「肩書」と「生ま身の自分」の落差
通貨外交を展開する首脳たちをビビッドに描いたスーパーブック
権力の毒はどんな人間をも狂わす 例外だった石田禮助の生涯に感動
「日本は変わった」と禊が流行しているが、本当かと厳しく問いかける
大人の“ワッペン”勲章を欲しがらぬ中山素平の精神のダンディズム
カゲキなコラムニスト田中康夫のシャープな猪瀬批判が話題に
山形県の労働問題が日本一長いことを知る
昭和十七年正月元日。郵便受付箱に新年の賀状一枚もなし
「大喪」報道の前に平伏する戦後デモクラシー
先生ってえのは、ひとことも謝らなくていいんかい?
剥ぎ取られた“経営の神様”の神話
「会社がある 故に我在り」のおじさんたちよ、OLたちの“悲鳴”を聞け!!
アメリカの理想主義とは、女性に対するラブコールの堆積である
金で買った票は栄養分を欲しがる票である……
福沢翁の拝金主義を批判した内村鑑三の鋭さ
国家的損失を行った人間を描く 激越なる“内部告発”本

3.社会を読む 人を読む
しなやかでしたたかな久野収の批判
責任あれど権限なし現代サラリーマン
「戦争とアメリカ」をたどるノンフィクション
株式会社ニッポンを問う三冊
人生をていねいに生きるための三冊
新入社員に勧めたい「定年後」の本
ジャーナリスト考
野性の復活を闘う男達
笑顔の奥から漏れ出る苦さ
平伏した大正デモクラシー
謎の世界的ネットワークを追跡する
第一級の“秘話”を引き出した記者魂
親日アメリカ人が描く国際経済小説
クジラと人間のドラマを勇壮に描く
土地と利権“結託”の構造を痛撃する
社会復帰の囚人心理から現代を照射
難問題に取り組む首脳の実像を再現
しなやかな精神を二十年持続する哲学者の発言集
フェアな株取引を行うためのルールブック
「抵抗の精神」を持たない日本人へのメッセージ
まだ決して「昔」ではない“天皇の昭和史”
上にも下にも責められる中間管理職の心象風景
気骨ある出版人の姿勢は「現在」にこそ貴重
円ドル戦争の最前線を再現する
「人情ってものは上になく下にある」
「暮らし」の視点から経済学者が説く農政のあり方
「声なき声」の健全さを示す
一生を時流に媚びず反骨に生きた男の生涯
国際化とは何かを教える『日本再活論』
不安の時代に問われる「どう生き、どう死ぬか」
政治と経済は切り離せないことを知るために
いま注目を浴びる「日記」と「手紙」
さまざまな夫と妻たち
小心翼々たる人物たち
横行する傲慢さと鈍感さ
歴史を読むための十冊
日本人のアジア観に欠けているもの
さまざまな東京を読む
城山三郎のシグナル
企業社会とモラル

4.その折り折り
いやらしさも赤裸々に “神様”のベールに鋭くメス
「面白さ」の背後に怒り 赤裸々に伝える大銀行の姿
派閥とは無縁の政治家 企業の「黒い論理」の事例集
くぐり抜けた青春の記 「勤続疲労」の年代にある男
波乱の日中史生きた歌 人柄のぞく わがビジネス訓
若々しい怒り率直に リクルート“復習”のために
ハードに徹した批判 清冽なビジネス書
圭角の人に思い投影 世界の中の日本
現実味をおびて迫る サラリーマンの世界1
人生“その後”へ応援歌 サラリーマンの世界2
“笑売繁盛”を絵解き 「逆縁ならず」の思い
辛辣にえぐる日本論 住所録の隣人
史実まじえ迫力の筆 新著余瀝
溺愛せず冷静に助言 わが郷愁の図書館
難問抱える銀行を多角的に
あとがき
本書で取り上げた本
初出一覧


はじめに

「こころ」が大事と、よく言われる。「物」より「こころ」が大事なのであり、「物質文明」の時代は終わったのだ、と決まり文句のように喧伝される。
 しかし、そうなのだろうか。「物」が「こころ」に与える影響は無視できないのであり、「物」がちゃんとしなければ、「こころ」もまともにはならないのではないか。
「こころ」「こころ」言いたがるココロ主義者たちは、「物」はきちんとしないでもいいから、とにかく「こころ」を大事にせよと説いているように見える。
 とりわけ日本の会社の社長たちは、そう主張しがちだが、たとえ待遇がどうであっても、お前たちは「こころ」を清く保っていろ、と言いたいのだろう。つまりは、詐術としての「こころ」の強調である。
 松下幸之助から稲盛和夫まで、そんな経営者ばかりでウンザリするが、幸之助はそれを活字化する出版社までつくってしまった。PHP研究所がそれである。
 また安岡正篤から相田みつをまで、彼らを手助けする説教師にも事欠かない。それらを私はガマン教と名づけているが、「筆刀両断」の私のペンは、結局、そのゴマカシを暴くために使われてきた。
 敬愛する高木仁三郎の著作集を刊行する七つ森書館のすすめで、装いを新たにこの本を出すに当たって、ゲラ刷りを読み返し、まったく古くなっていないことに安心するとともに寒心もした。つまり、状況が少しも変わっていないということをそれは示しているからである。
 安岡正篤の本が以前ほどは読まれず、相田みつをがそれに代わって読まれているといった変化はある。しかし、「こころ」が大事で「物」の移り変わりには目を奪われるなというココロ主義が強調されていることは同じなのである。
 核爆弾が落ちても「こころ」を清く保っていれば平気なのか、と皮肉りたくもなるが、そうした状況への怒りのペンを私はこれからもふるっていくことになるだろう。
 その原点、もしくは出発点としてのこの本を読んでいただけば幸いである。

  二〇〇三年二月三日

佐高 信