こんな国はいらない!

鎌田 慧 著
定価:1600円+税
四六判 上製 224ページ
2003年刊
ISBN 4-8228-0364-3


第1部 こんな国はいらない!
1 戦争は防げないことか
赤頭巾ちゃん気をつけて
戦争は防げないことか
戦争の記憶
「敵は殺す」という思想
自衛隊転じて米衛隊
アメリカのアキレス腱
憲法のたたかい

2 報道の自由を問いなおす
正しくない報道
「カレー判決」の後味
マスコミ規制は闇の時代に引きもどす
「個人情報保護」という名の国家管理
いま、新聞報道を問いなおす

3 人命の問題として
反対から停止へ
海のチェルノブイリ――核実験と海底投棄の波紋
廃炉への巨大な一歩
チェルノブイリの子どもたち
実りの秋に想う――子どもに本当に必要なもの
「人命第一」フランスの挑戦

4 尊厳を生きる
悲劇の法務大臣
国威発揚基本法
「最後の炭鉱」に生きる男たちの不安
「太平洋炭礦」それぞれの別れ
小学生大量殺傷事件に思う
レプラなる母
死刑囚永山則夫について
ある保母さんの二四年
無実の少年たちの苦しみ
家族受難の「改革」時代
就職崩壊と学級崩壊
高級官僚のいやらしさ
最後の授業
個人の尊厳と企業教
     ――国体護持・企業防衛意識の束縛からの離脱

第2部 人権と社会を意識する

5 監獄での人権侵害と社会の意識
     ――日本の拘禁施設の過去・現在から見えるもの
6 マイノリティと想像力
7 「合理化運動」のなかの身体

あとがき
初出一覧


あとがきより

 これは、おもにこの1、2年ほどのあいだに、新聞や雑誌に発表した文章をあつめたものである。
 巻頭に、小泉政権の発足を批判して書いた、「赤頭巾ちゃん気をつけて」をおいたのは、この内閣のひとあたりのいい欺瞞性とそれを承知で笛や太鼓を吹き鳴らして歓迎したマスコミの姿勢を、許しがたいものと考えていたからであり、いまますますそのように考えているからである。
 あのときから、この国の全体主義への傾斜が加速された、とわたしはおもう。内容空疎な「改革」をスローガンにかかげた、この「唐様で書く3代目」首相は、あたかも改革者のようなガッツポーズをとって喝采をあびた。
 思いだすだけでも恥ずかしくなるが、タレント本の1冊のように、首相の写真集が刊行され、それがまたマスコミで話題にされた。ついでに商売上手のサントリーがその息子をちゃっかりコマーシャルに起用して、それもまたマスコミにもちあげられる。
 このようにみえすいた話題づくりによって、支持率80パーセント強という全体主義的状況がたちあらわれた。マスコミの常套手段とはいえ、自分がつくりだした英雄の人気にぶらさがって、視聴率や販売部数をかせぐだけかせぎ、あとになって冷ややかにあつかうのだが、「改革」のインチキを暴露しなかったばかりか、それをもちあげた責任は大きい。日本のジャーナリズムが先見性に弱いのは、いつも「厳正中立」といういい逃れに終始していて、ときの政権におよび腰だからである。
 小泉登場から、まる2年たった。なにが改革されたのか。つまりは、倒産や失業者や自殺者がふえただけで、先行きの不安はつよまるばかりだ。それでいながら、この政府は、身分不相応な大国意識に捉われていて、北朝鮮のスパイ船が領海ちかくに出没しただけで、砲撃をくわえて撃沈(死者9名)させ(憲法では交戦権は禁じられているはずだ)、米軍のアフガニスタン攻撃では、米軍と共同作戦につかうイージス艦をふくむ「自衛艦」を、米英軍支援のためにアラビア海に出動させ、国内では戦争準備の「有事法制化」をすすめている。
 盗聴法や国民総背番号制を実施したあと、こんどは報道を規制する「個人情報保護法」や「謀議」だけで犯罪とする「共謀罪」をつくり、さらには、憲法の長男というべき「教育基本法」を血祭りにあげようとしている。なんの識見もないこの首相は、ただ中曽根康弘大勲位そこのけのウルトラ右派ぶりで、後生に悪名を残そうとしている。
 日本を「神の国」といい、「国体」護持をかたり、あるいは暴力団とのつきあいが暴露されたりして失墜した森暗愚宰相をささえていたのは、ほかならぬ森派の責任者だった小泉首相だった。俗っぽくいえば、親分がドジを踏んでドタバタ退場したあと、こんどは森組の「大政」ともいうべき小泉番頭が、貸衣装の法被をひっかけてなにくわぬ顔で、舞台にとびだしてきた。「おなじ穴のムジナ親子」の脚本なのだが、それを先刻承知のうえで、最前列に陣取っていたマスコミがいっせいに囃したて、まるでなにかあたらしい芝居がはじまるように大衆を幻惑した。
 内閣には、森派から小泉本人をはじめ、福田康夫官房長官、塩田正十郎財務大臣など四名がはいっていて、森と中曽根の影がチラチラしていた。小泉首相のカラ人気とは、前任者の森首相があまりにもひどかったから、つまりはだれでもよかった時代気分の反映だった。
 実は、わたしは、この偽装内閣が出現する直前、『くたばれ!自民党』(アストラ)を出版したばかりだった。が、突然わきおこった小泉バンザイの喚声に、「くたばれ!」の声はすっかりかき消されてしまったのだ。いま、もういちどいおう。「くたばれ!自民党」

 2003年3月、米英軍は国連安保理事会で拒否権をもつ仏露中の賛成をとりつけられらえず、議決に必要な15カ国のうちの9カ国の支持もえられないまま、孤立してイラク攻撃を開始した。無法、無謀、卑怯、卑劣、ブッシュ米大統領親子の私怨とそれに追随したブレア英首相の蛮行暴挙だった。
 21世紀にはいってなお、大国が結託し、石油利権を狙って小国の政権を倒そうとする野蛮に歯止めがかからなかった。そのことが、世界中のひとたちに絶望感と憤りを与えた。それでも、世界の主要都市でいっせいにまき起こった、「NO WAR」の大集会とピース・ウォークの波は、好戦的な自国の政府にたいする強い批判をあらわしている。
 日本の首相は、米英軍の一方的な侵略のまえ、すでに「支持」を決定していた。それでも「その場の雰囲気で決める」などとはぐらかし、ブッシュ大統領の「レッツゴー」のかけ声によって、バグダットのフセイン暗殺にむけたミサイル発射を命令したあとは、ひたすら「武力攻撃支持」にこだわりつづけている。
 無理想、無定見の首相は、国連を中心とした「国際協調」のほうへではなく、より孤立し、イスラム世界と敵対する「日米同盟」の狭い枠内に潜りこんだのである。バグダット市民の大量虐殺開始のあと、ブッシュ大統領からの電話に、小泉首相は「米国は日本のかけがえのない同盟国で、日本も米国の信頼にたる同盟国でありたい」とおべんちゃらをいっている。相手がどんな悪事を実行しても、同盟国なのか。
 そのあと、彼は、「国内重要施設や在日米軍施設などの警戒態勢の強化・徹底を図る」と言明しているのだから、まるでイラクにむかって宣戦布告した気分なのであろう。ブッシュから保安官のポスターをもらい、やにさがって帰ってきたこのおべんちゃら男は、紛争を武力では解決しない、とした平和憲法の理念や日本のあるべき進路についての構想など、考えてみたこともないのかもしれない。
 国連で戦争反対の声がたかまっているいまこそ、日本が平和憲法に依拠して、「戦争はやめろ」と敢然と主張し、反戦と軍縮のイニシアチブをとり、国際社会での役割をはたすチャンスだったのだ。が、こんな無思想の首相をえらんでいるのは、われわれ自身なのだから、もしも日本がテロにまきこまれたにしても、それはおのれの拙さでしかない。
 タイトルの『こんな国はいらない!』は、より正確にいえば、『こんな政府はいらない!』であり、もうすこしちいさくいえば『こんな首相はいらない!』なのだ。しかし、こんな国をつくりだしているのは、わたしたち自身なのだから、自分の責任を噛みしめてのことでもある。こんな国がいやなら、こんな政府をボイコットするしかない。

2003年3月    鎌田 慧