佐多稲子と戦後日本

編者 小林裕子・長谷川 啓
定価 2800円+税
A5判 上製 256ページ
ISBN 4-8228-0512-3


  

・ 論考 思索の道筋
  佐多文学の中の公と私(針生一郎)
  『渓流』における佐多稲子・中野重治・宮本顕治(高良留美子)
  新しい女系家族の成熟と終焉の物語(小林裕子)
  佐多稲子の東京地図(小沢信男)
  佐多稲子の敗戦処理(北川秋雄)
  『重き流れに』における佐多稲子の位相(矢澤美佐紀)

・ エッセイ 回想の流れ
  墓前に佇ちて──母・佐多稲子の映画往来(窪川健造)
  佐多稲子と婦人民主クラブ(近藤悠子)

・ 講演 世代を超えた共感
  女であり文学者であることに
  もっとも誠実に立ち向かったひと(津島佑子)
  試される(澤地久枝)

・ 佐多稲子のエッセイ…………「新日本文学」より/全集未収録の著作

・ 未発表書簡
・ 佐多稲子 年 譜
  小田切秀雄宛佐多稲子書簡
  佐多稲子宛石堂清倫書簡
前書きなど
あとがき


あとがき

 今年は戦後六〇周年にあたり、さまざまな意味で大きな節目の年といえよう。ことに、戦後の羅針盤であった民主主義の灯が大きく揺らぎ、いまや風前の灯火と化すような事態に立ち至っている。イラク戦争への自衛隊派兵と多国籍軍への参加ばかりか、平和憲法や男女共同参画社会基本法の改悪の目論みなど、日本社会の危機的な状況の最中にあって、敗戦時に企画され翌年に発足した戦後はじめての民主主義文学団体新日本文学会が終焉を迎える。長年持続させてきた大変な努力を労ういっぽう、今日の状況のまさに象徴的な出来事のように思え、遺憾の念は強まるばかりである。
 ともあれ、新日本文学会の終焉に際して、発足以来中野重治とともにこの会に貢献されてきた佐多稲子の論集を出版することになった。ご遺族から多額な寄付金をいただいており、かねてから予定されていたことでもあった。
 ここに収められたエッセイ・評論・論文・講演は、すでに『新日本文学』に掲載されたものも含まれているが、数編の書き下ろし論文をはじめ新たに収録されたものも多い。佐多稲子自身のエッセイ「松川無罪確定の後」「自分について」なども『新日本文学』に掲載されたものだが、今日なお問い続ける、いや、危機的な今日だからこそいっそう重要な意味をもつ作品なので再録した。他に、全集未収録作品や未発表書簡なども収めた。津島佑子さんの講演は婦人民主クラブ主催による「佐多稲子没後一周年記念講演会」の際のもので今回初めて活字化したが、同主催「佐多稲子生誕百年記念」の際の澤地久枝さんの講演は再録した。
 佐多稲子の作品をのぞいてここに収録したものは、はからずも戦後の時期における佐多稲子の作品についての批評・考察になっている。そしてそれは同時に、新日本文学会や婦人民主クラブにおいて活躍し、創作のみならず、戦後民主主義運動の先端に立って、平和や反戦、女性解放のために闘った佐多稲子にとって、もっとも充実した輝かしい時代でもあった。本論集を『佐多稲子と戦後日本』と題した所以である。
 この論集が佐多稲子の生誕百二年や新日本文学会終焉を意味するばかりでなく、今という時代に呼びかける一書になることを願ってやまない。晩年の秀作「時に佇つ」において、「老年は、わが生涯の照り返しにつつまれる。それは回顧ではなくて老年の現在でもある」と、生涯かけて内なる戦争責任を問いつづけ、「変質もまた、時のせいではない。当の人間のせいなのだ」と、自戒を含めて社会に警鐘を鳴らしつづけているのだ。
 編者ふたりは、敬愛する佐多稲子さんの導きで新日本文学会の会員となったが、会の最後の本論集の編集・刊行に立ち会えたことを心から嬉しく思う。多忙のなか執筆にご協力くださった方々、講演記録を収録許可してくださった方々、佐多稲子さんの作品や書簡を収録許可してくださったご遺族の方々、また、針生一郎さん、田所泉さん、永尾眞さん、高良留美子さん他編集部の皆様や、難航きわめる短期間での刊行に即対応してくださった七つ森書館の皆様に、この場を借りて深謝したい。

  二〇〇五年十一月
    編者 新日本文学会 小林 裕子、長谷川 啓

(書評1)
 新日本文学会が編集したこの本は、主な論考が新日本文学会をめぐる政治と文学にかかわり、そこでの佐多稲子の果たした役割が論及されている。だから佐多文学全般を展望したものではない。
 戦時中、軍に協力して戦地慰問をしたことが原因となって、戦後、新日本文学会の創立に佐多稲子は参加できなかった。反対したのは宮本百合子だという。戦後の百合子はほとばしるように書き、民主化を高らかに歌った。獄中の宮本顕治を支え忍従の日々を送った百合子には、佐多稲子の戦時中の行動は許容できなかったのだろう。百合子は早い死を迎えたが、日本共産党内の抗争が新日本文学会にも影響をおよぼす。それぞれの時期に佐多稲子は政治の介入に反対し、とくに婦人民主クラブの独立を守ることに奔放した。それらの軌跡が明らかにされている。
 作品としては「渓流」「私の東京地図」が取り上げられているが、後者を読み解いた小沢信男の論が秀逸。短いものだが収録された佐多稲子のエッセイや書簡も貴重である。

「図書新聞」 2006年5月6日より



(書評2)
 佐多稲子は(1904〜1998)の生涯、とりわけ戦後の歩みと思索の道筋を見つめる。戦争責任と戦後の出発、共産党への参加と離別、婦人民主クラブ(70年から85年まで委員長を務める)や新日本文学会との関わりなど、本人のエッセイ、評論、論文、講演も含めて、文学運動から反戦・平和運動まで作家として活動家として、昭和を駆け抜けた佐多稲子の軌跡や人物像が甦る。〈自分がやろうとしたことを、唯我独尊になるんじゃなくて、確認をしながらまっすぐに生きていかなければならない〉〈そういう先達として佐多さんという大きな存在はわたしたちの前にある〉(澤地久枝)今という時代に呼びかける貴重な提言であり人間的魅力もたっぷりと。

「出版ニュース」 2006年2月中旬号より