核の軛
英国はなぜ核燃料再処理から
逃れられなかったのか

著者 ウィリアム・ウォーカー
訳者 鈴木真奈美
定価 3000円+税
四六判 並製 288ページ
ISBN 4-8228-0616-2


  

  日本語版出版にあたって 3
1 はじめに 19
  コミットするのか、見直すのか 21
2 THORPの端緒 六〇年代から八〇年代まで 29
  英国再処理の歴史 29
  THORPの端緒 33
  ウィンズケール公開審問会 39
  一九七八年の国会討論 53
  コミットメントの拡大と固定化 60
  八〇年代 変動あり、変更なし 62
3 外国との関係 ドイツ、日本、米国、フランス 79
  ドイツ 82
  日本 87
  協力なくして撤退ならず 93
  米国 95
  フランス 98
4 英国の国内事情 105
  エネルギー省(現・貿易産業省) 105
  原子力発電事業者 112
  スコティッシュ・ニュークリア社 118
  国防省 121
5 THORPの認可をめぐる紛糾 127
6 政府内評価 139   個人と集団の責任 141
  決定を手堅くする 145
  コスト ベネフィット分析 148
  真実味の審査 156
  ウィン ウィン・オプション 160
  日本の返報への不安 164
7 THORP反対運動の蹉跌 169
  グリーンピースの挑戦 171
  世論 176
8 終盤戦 国会、認可、そして司法審査 183
  一九九三年の国会討論 184
  さらなる公開諮問 185
  司法審査 190
  ありがたくない現実 191
9 最終幕 一九九四年から一九九九年 197
  プルトニウムの返還 199
  放射性廃棄物の返還 204
  ドイツの足掻き 208
10 悪弊、原因、改善 215
  六つの悪弊 216
  戦略、構造、決定プロセス上の失錯 221
  評価手法 238
  教訓と問題提起 246
11 THORPの行く末 251
  解説 261
  訳者あとがき 274
  資料(略語一覧/THORP年表/参考文献) 287


日本語版出版にあたって
 本書が日本で出版されるのを嬉しく且つ光栄に思う。これは政策の誤謬が招いた災難の話である。地球の向こう側の出来事なので、日本ではあまり知られていないかもしれない。だが、この話の全ての局面に日本は深く関わっている。本書の主題はTHORP(Thermal Oxide Reprocessing Plant)と呼ばれる英国の核燃料再処理工場だ。このプロジェクトの立案者たちは、当初、THORPのことを「日本の工場」と呼んでいた。実にTHORPの設置が決定されたのは、日本との再処理契約が英国に多大な利益をもたらすと見込まれたからである。
 本論考の目的はTHORPの設置とその帰結の正当性を検証することではなく、この巨額プロジェクトが、判断を間違えたと誰もが認めるようになってからもなお、なぜ延々と生き長らえたのかその原因を探ることにある。英国政府は、七八年、英国核燃料公社(BNFL)にTHORP建設を許可した。将来大量のプルトニウムが国内外の高速増殖炉(FBR)の燃料として必要になると見込まれたからである。しかし工場の建設が開始された八〇年代半ばにはこの予測は誤りであると広く認識され、THORPを正当化する根拠は急速に失われつつあった。それでも工場は建設が進められ、一九九二年、政府は操業を認可してしまった。以来、英国、ドイツ、日本の使用済み核燃料から分離されたプルトニウムはかなりの量にのぼっている。
 本書が英国で出版されたのは九九年である。ちょうど政府がTHORPの存続に必要不可欠なMOX(酸化物〔ウランとプルトニウム混合〕)燃料工場の操業許可をBNFLに発給するか否か逡巡していた頃だ。プルトニウムはMOX燃料に加工することで、ようやく日本やドイツに返送できる。その後、同燃料は両国の既存の原子炉(軽水炉)で燃やされることになっている。英国政府はまたもや猛烈な反対と良識ある判断を求める声が渦巻くなか、操業を認可してしまった。はたしてセラフィールドMOX燃料工場(SMP)は顧客獲得に四苦八苦し、操業開始まもなく技術的トラブルが発生した。本書をアップデートするとしたら、九九年以降、THORPとSMPが見舞われた様々な禍について、さらに何章かをつけ足さなければならないほどである。現在(二〇〇五年八月)THORPは工場内の配管からプルトニウムを含む溶液が大量に漏洩し操業を中止している。BNFLは何カ月もの間この異常を発見できずにいた。
 歴代の英国政権は破綻がほぼ確実視されていたプロジェクトを、なぜ頑なに支持し続けたのだろうか。一つには長い間に築き上げられた政治的、制度的、そして契約上の(たとえば日本の政府と電気事業者に対する)コミットメントに拘束されていたためだ。しかしこれだけでは全てを説明しきれない。制度的な力、すなわち電気事業者をBNFLとセラフィールドに依存せざるを得なくした力、そして再処理事業者とその支持者に政治プロセスの操作を許した力がプロジェクトにどう介在したかを知る必要がある。本書を執筆するにあたり多くの史料にあたったが、驚いたことに政府も産業界もTHORPから撤退する路線について、THORP史のどの時点においても、真剣に検討した形跡が見当たらない。その最大の理由は、方針転換を示唆する如何なる行為もプロジェクトの崩壊を招きかねなかったからだ。そしてこの脆さこそ、このプロジェクトの強さでもあった。
 THORPをめぐる話と日本の六ヶ所再処理工場のそれとの間に類似性があるかどうかの判断は読者に委ねよう。ただ異国の地から見る限り、二者間には多くの相似点があるように思われる。とはいえそれぞれが推進された文脈には、いくつかの点で違いがある。
 第一に、英国は国際法で定められた核兵器国であり日本は非核兵器国だ〔核拡散防止条約〈NPT〉は、米・露・英・仏・中の五カ国だけに核兵器の保有を認めている。核兵器国の核施設と核物質には査察などの保障措置が基本的に適用されない〕。余剰プルトニウムの保有について日本は英国とは比べ物にならない大きな国際圧力に晒されている。そのため以下を自らに課している。@分離プルトニウムの全量リサイクル、A再処理投資を正当化するリサイクル計画の策定、Bプルトニウムの需給バランスの確証。一方、セラフィールドで分離された英国のプルトニウムはほとんど手付かずのままだ。英国政府はプルトニウムを貯め込むな、という圧力を国内的にも国際的にも感じていない。したがって英国の電気事業者にとっては貯蔵も選択肢の一つである。とはいえTHORP(そしてフランスのラアーグUP3)で分離された日本のプルトニウムの大半は、事実上、ずっと貯蔵されたままだし、今後も、日本の電気事業者は返還をなるべく遅らせようとするだろう。
 第二に、英国は日本よりエネルギー資源が豊富だ。北海の油田とガス田はこのところ産出量が減少傾向にあるものの供給源としては依然として大きいし、石炭生産も緊急な需要があれば復活可能である。また英国の石油会社はエネルギー分野で世界屈指の地位にあり、また戦時中を除き英国はエネルギー禁輸措置の影響を経験したことがない。したがってエネルギー安全保障については日本よりずっと不安が少ない。
 第三に、英国では大型インフラストラクチャーの投資について地元自治体の首長や住民の承諾を得る慣習はない。計画について地元で審問会が開催された場合、中央政府はその勧告を「参考」にすることはありうるが、基本的に中央政府が決定権をもつ。中央政府の決定に異議がある場合は、司法審査に訴えることができる(たいてい敗訴に終わるが)。一九七八年、政府はTHORP設置については国会に承認を求めたが、これは議論が百出していただけでなく閣僚からも異議が申し立てられたためで、極めて稀なケースであった。
 第四に、THORPプロジェクトが立案されたとき英国の電力供給事業は国営であった。THORPをめぐる政治劇の重要な背景の一つは、八〇年代から九〇年代にかけて進められた電力民営化である。民営化後の電気事業者は再処理と廃棄物処分のコストに対する保護を求めた。結果として、これらのコストの大部分は英国、日本、ドイツの電力消費者と英国の納税者によって負担されることになった。  第五に、THORPは国内外の再処理需要に応えるために建設された。その建設費の大半はTHORPの主要な顧客である日本とドイツの電気事業者が前払いした。一方、六ヶ所再処理工場は国内資本で建設され、顧客も国内事業者だけである。
 本書には英国の政治・行政システムや政治家をはじめ日本の読者にはあまり馴染みのない話題や人物が多く登場するし、話も単純明快からは程遠い。どうか辟易せずに読み進めてくださるよう願ってやまない。そして近い将来、六ヶ所再処理工場をめぐる現代政治史を英国で読めることを期待して結びとしたい。

二〇〇五年八月

ウィリアム・ウォーカー
スコットランドのセント・アンドリュースにて

(書評1)
 かつて、「日本の工場」と呼ばれた英国核燃料再処理工場THORP。誰もがその不当性を認めるようになってからもなお、延々と生きながらえたのはなぜか。英国原子力政策の失錯の原因を探りながら、日本の原子力政策、公共政策のあり方を問う。

「望星」 2006年5月号より



(書評2)
 原題は「Nuclear Entrapment」、「核の軛」といううまい訳語が充てられている。ここで扱われているのはイギリスの再処理工場THORPの歴史である。同工場は多くの人が経済性に疑問を掲げて幾度かの見直しの機会があったにもかかわらず、建設・運転されてしまった。そして、その結果がBNFLの破綻だ。本書では、その政策決定プロセスを分析して、どこで」間違い、何を教訓とするべきかを導き出している。
 六ヶ所再処理工場がアクティブ試験に入ろうとしている。再処理を見直す「総合評価」という原子力委員会の見直しも、結局は現行政策の追認に終わった。その審議過程をみると利害関係者たちが逃れられないあり地獄に落ち込んでいるかのようだった。
 解説を書き下ろした吉岡斉氏は「とくに、六ヶ所再処理工場プロジェクトと比較するという観点から読めばこの上ない臨場感が伝わってくる。両者はまさに無意味な事業を生き長らえさせてきた『軛』の構造において、互いに姉妹関係にあると言える」と述べている。  本書は、日本の核燃料サイクル政策を見直す上で、他山の石として重要な教訓をいくつも教えてくれている。

「原子力資料情報室通信」 382号より