母さんが議員になった

著者 山口菊子
定価1200円+税
A5判 並製 160ページ
ISBN4-8228-0631-6


子育て中の主婦から議員へ。「おかあさんが翔んだ」のです。地方議員を15年も務めるとは誰が想像したでしょうか。巻頭に佐高信さん、土井たか子さんとの対談を収録し、議員生活と日々のレポートを収録しました。

はじめに
第1章 議員をつづけて話したかったこと
     流れに抗して──対談・佐 高 信
     あきらめない──対談・土井たか子

第2章 「おかあさんは翔んだ」から議員15年

第3章 母さんが議員になった
     子どもたちは……いま
     規制緩和はどこまで……
     健康って?
     シニアはどこに……
     知っていること・知らないこと
     命・いのち……
     環境問題って?
     地域の力
     「公共事業」って?
     いまどき、文学
     ハル来る!
     東京よいとこ……?
     言葉の嵐のなかで……
     もったいない……
     ジワジワ底冷え?
     文化なるもの
     格差社会
     競争はどこまで……
     祝二四〇号・満二十歳名店街ニュース
     都会のサバイバル

はじめに
 思いがけなく、豊島区議会議員になって、ほんとうに人生というものはわからないものだと感慨深いものを感じています。
 ふつうの家庭の主婦が、突然政治の世界に入ったのですから、家族はもちろん、知人・友人たちを驚かせ、またずいぶんと迷惑をかけたと思います。そして、どういう結果になるかわからない選挙を四回もさせていただきました。たくさんの方がたにささえていただいています。
 つぎの「おかあさんは翔んだ」という文章は、初当選してまもなく、息子の通う学校の父母会がつくっているニュースへの原稿依頼があったとき書いたものです。たまたま、佐高信さんにお見せする機会があり、その拙文を佐高さんが連載されている「サンデー毎日」のコラムで採りあげてくださいました。

   おかあさんは翔んだ          山口菊子

 「ぼくは、やっぱり女性の社会進出には反対する」
 中三の息子が突然叫んだ。いつか夫や子供達が音を上げるだろうと思っていたが、こんなにもはやい時期に、こんな表現をされるとは思わなかった。
 昨年の春、家族会議のなかで母親が社会に出ていくことについて、くりかえし話し合ったはずであった。
 大学を出てから五年地方公務員として働き、長男出産後専業主婦として一五年近くすごしてきた。その間に夫の両親や私の母を看取った。ごく普通の主婦であった私が、区議会議員に立候補して当選した。家族をふくめ私をとりまく人たちにとっては、まさに青天の霹靂であったと思う。
 いろいろな物事にこだわりつづけて生きてきた。子どもたちを良い環境で育てたい。わが町が誰もが安心して暮らしつづけられる町であってほしい。高齢者問題も切実である。そんな思いのなかで、なにかの形で社会参加したいと思ってきた。そんな折に舞いこんだ区議の話であった。一介の主婦のできることかおおいに悩んだが、普通の人間が政治にかかわることが必要な時代であると思った。私の人生も残りのほうがすくなくなっていた。
 努力が実るとはかぎらない「選挙」をくぐりぬけ、母は一年生議員になった。選挙も子どもたちにとってはどれほどつらかったかと思う。プライバシーはなくなり、母の顔写真が町のあちこちに貼られている。恥ずかしくてたまらない。落選したらもっと恥ずかしい。不安の日々であったと思う。
 議員になったらおちつくと思った生活だが、男社会にとびこんだ母は、昼夜を問わず出かけるし、人の出入りもおおい。電話も鳴りつづける。自分たちにこんなにも影響をおよぼすとは思わなかったにちがいない。専業主婦として、家事にしても子育てにしても手をかけてきた私にもその責はある。自立した人間に育てたいと願いながら、結局のところ過保護に育ててきてしまったのだから。これからの生活は、夫や子どもたちにとっても試練であり、私をふくめて家族ともに自立にむけての第一歩がはじまったといえる。
 千数百人の方がたがわざわざ投票所に行き、私の名前を書いてくれたという事実はおもい。いま、母は一生懸命社会的役割をになおうとしている。私の価値観を息子におしつけることはもとよりできない。しかし真に自立した人間として社会に巣立ってほしいと願う。
 明るい未来を限りなく信ずる母を理解してほしい。       (M3 母)

 この文章を書いてからはやいもので十五年がすぎました。当時、中学校三年生と小学校六年生だった二人の息子は成人し社会人となり、結婚もしました。仕事と子育てに追われる月日がすぎ、これまでの私の活動と、私の思いなどをまとめてみたいと思いました。
 そのきっかけは、池袋駅前名店街という商店街が、毎月一回、二十年以上も発行されている「名店街ニュース」でした。  六年ぐらい前に、ニュースをつくっておられる名店街会長の三宅満さん、石森宏さんに、「ニュースに原稿を書いてみたら」と声をかけていただき、書かせていただくようになりました。商店街のニュースですから、「政治の話はやめましょう」というのが暗黙のお約束でした。
 ところが、政治の世界にどっぷりとはいって、議会のかたい質問原稿しか書いたことのない私は、「書かせていただきます」といったものの、言葉が出てこなくて七転八倒でした。どうしても「エッセイ」にはならず、はじめの数回は手紙のようにして、自己紹介から書くことにしたのでした。
 月なかばの毎月の締切日は、「政治のほかに考えることはないのか」と、われながらかたい世界に身をおいているものだと、すこし情けないような気分になります。名店街のメンバーである船本純司さんが挿絵を書いてくださるなど、みなさんに励まされながらつづけさせていただいています。
 二年ほど書いたとき、石森さんが「少しまとまったら本にしてみたら! でも、売れないだろうなあ……」
 といわれました。その言葉が、私の頭の隅にありました。
 無謀にも「本をつくりたい」と思いました。私のつたない文章だけでは、私の思いを伝えきれず、土井たか子さんと佐高信さんに時間をつくっていただき、対談という形で話をさせていただきました。
 初当選して以来、ほんとうに良い議員として、良い活動をしてきたのかと、自問する日々がつづいています。
 たくさんの、私をささえてくださった方がたへの感謝の気持ちは、言葉につくせませんが、心をこめてお礼を申し上げたいと思います。
 ありがとうございました。
 そして、これからもよろしくお願いいたします。
   二〇〇六年 初秋   山口菊子