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佐高信対談集 詩歌〈うた〉と俳句の湧き口 生命〈いのち〉のリズムを語る20人
佐高 信 著 辛口経済評論家佐高信が、文學の森「俳句界」誌上で多彩なゲストを迎える〈わびさび〉対談集。佐高信の真摯な姿勢が引き出す総勢20名──井上陽水、梁石日、浅井愼平、原ひさ子、富野由悠季、都はるみ、檀ふみ、中村吉右衛門他──の魅力から広がる無限の世界。 |
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はじめに 佐高 信 梁石日:ことばが子宮で詩になるとき 船村徹:ひばり魂かくありき 筑紫哲也:「女子高生ルーズソックス春の道」 原ひさ子:むかつく浮世、つれづれに 都はるみ:哀しいときも、嬉しいときも、歌はいいもの 落合恵子:ことばは心を突き刺し、また包み 浅井愼平:短詩型と写真の遭遇事件 上野千鶴子:父さん、ありがとうよ 花田春兆:「不具・びっこ字書から消され蝌蚪に肢」 村松友視:文士ひしめき文壇栄え 檀ふみ:人生多難でありますように!? 井上陽水:作詞のヒントは「歳時記」にあり 田中優子:芭蕉連句と唐傘連判 松原治:紀伊國屋書店の来し方 中村吉右衛門:世界遺産「歌舞伎」を遊ぶ 三舩優子:越境する五七五 富野由悠季:オタクの原点・子規にあり 早坂暁:夕日に見る放哉の吐息 辛淑玉:言葉足らずになりたい 川中美幸:歌よ人生の萃点たれ |
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はじめに 深夜、枕もとのラジオで「夢のハーモニー」を聴くのが唯一のたのしみという生活を送っていたことがあった。郷里の高校教師をやめて単身上京し、小さな経済誌の編集者となって、それまで経験したことのない辛い日々を過ごしていた二十七歳のころである。のちに私は「苦界に身を沈めていた」とその時期を表現することになるが、当時、私が切実な思いで繰り返し読んだのが、山本健吉の『現代俳句』(角川文庫)と中井英夫の『黒衣の短歌史』(潮新書)だった。この二冊はいつもカバンに入れて折を見て取り出していたために手あかにまみれて黒ずんでいる。たとえば、前者所収の「海に出て木枯帰るところなし」という山口誓子の句などを口ずさんで、私は自らを精一杯励ましていたのである。 明治末年生まれの父は書家だった。かな専門で、だから、門前の小僧習わぬ経を読むように、小さい時から私は、父の書く俳句や短歌に親しんできた。そう言うと、意外に思う人もいるようだが、だから私にとっては政治や経済より俳句や短歌の方が「専門」なのである。それで、『俳句界』での対談のホストをつとめてきた。同誌を出している「文學の森」の社長の姜ギ東さんは句集『身世打鈴』をもつユニークな俳人でもある。山口亜希子編集長とのコンビで始まった「甘口対談」は、山口さんが同誌を離れた現在も続いている。 川中美幸さんまでの二十人を今回まとめることにしたが、俳句をそれこそ俳壇という狭い世界に閉じ込めず、広く外からの風に当てるよう、むしろ、専門外の人たちに示唆的な話をしてもらったつもりである。 この中で、父と同い年の原ひさ子さんが、対談してもらった後で、まもなく亡くなった。公的な「仕事」としてはこの対談が最後になったということで、ただただ、ご冥福をお祈りしたい。 副題に「生命のリズムを語る」とつけさせてもらったが、私としては、各人のそれぞれの「生命のリズム」に触れるワクワク対談だった。梁石日さんにしても、上野千鶴子さんにしても、あるいは浅井愼平さんにしても、知られざる「もう一つの貌」をクローズアップできたのではないかと思っている。 硬派といわれる私の書くものの、いわば隠し味が俳句や短歌だった。それをここまで披瀝しては・隠し味・でなくなってしまうことにもなるが、多くの人に、この百花繚乱ともいうべき対談集の魅力に触れていただけば幸いである。 二〇〇七年九月二十八日 初秋の札幌にて 佐高 信 |