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食大乱の時代 貧しさ"の連鎖の中の食
大野和興・西沢江美子 著
いま、食と農の世界が音をたてて崩れている。 |
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第1章 食大乱──食卓を襲う3つの大波 1 世界に広がる食料危機 ゴムブームに沸く雲南南部/油やしが田んぼをつぶす 豊富だが安い食の時代は終わった 2 農薬入り中国ギョーザは日本発のブーメランだ 中国製冷凍ギョーザで食中毒、千葉と兵庫で3家族10人/隅々まで中国食品が 仕切り役は日本企業/厄介ごとの種は日本発 3 貧困が食卓を襲う OECDがお墨付きを出した貧困大国日本/しわ寄せは弱者に/増大する脂肪摂取量 第2章 田んぼと畑から──貧困の連鎖の中の食T 1 いつまでもあると思うな親とコメ 百姓は怒っている/水代が払えない稲作農民も出てきた 早く機械が壊れればいい/牛飼いが消える 2 土地から引き剥がされる農民──解体する農民世界 日本では農地価格が暴落/農地が消える/農業の主役の交代 ジャカルタのデモ/共有地を追われる農民/ジョニーが死んだ カンボジアでも/アジアで日本で、土地が資本に集約される 3 自由貿易はアジアの農村になにをもたらしたか 北タイのミカンとタマネギ/タイと中国の間で起こったこと オーストラリアからの乳製品の輸入/アジア全域で 日豪FTAは日本の農業を壊す/そこのけそこのけトヨタが通る 第3章 食品企業の裏側──貧困の連鎖の中の食U 1 名ばかり店長の反乱 使命は「飢えと貧困をなくす」こと/バイトは委託業務の請け負い業者 大安売りの管理監督責任者/「こうして大きくなった会社です」 「まるで人の自転車操業」/背景に社会の貧困化と食の階層化 2 食品産業の集中と再編 ライバルとも手を結ぶ/巨大小売業の出現 遺伝子組み換えでつながるカーギルとモンサント ジジババは「社会的損失」──日本の村で 3 なぜ生協が 生協に希望をかける/なんと??野家牛丼までコープ食品 生協、価格破壊戦争に参戦する/拡大路線は変わらず 第4章 食わせろ!──貧困の連鎖の中の食V 1 たちすくむ女たち 〈Aさんの場合〉頭に浮かぶメニューは/〈Bさんの場合〉夜働く 〈Cさんの場合〉バイトとおばあちゃん/女性労働保護削減の果て 2 若者は食べてつながる 抵抗食の会/200円会費の晩餐 3 お店がなくなる スーパーが消えた/大型商業施設がやってきた アメリカ物を大量買い/観光と組んで客集め/村から店が消える日 4 直撃される貧困層──各地からの報告 食事を3回から2回に減らした──日本のNGOの報告から 貧困層に追い打ち──フィリピンでは 第5章 作る権利と食べる権利 1 食料危機対策が新たな食料危機を作り出す 食糧サミットが終わって/生産性向上対策の結末──南アフリカの場合 緑の革命は有効か/市場原理は働かない 輸出向け農業の行方/アグリビジネスは儲かっている 2 食料主権と市民社会 生態系に沿った持続型農業こそ/切り捨て、絞り込む農業「改革」 白鷹百姓衆の思い/食料主権と食料安全保障 平和的生存権としての「食の権利」 3 食の安全 自由貿易と規制緩和/BSEと政治/遺伝子汚染の拡散を防げ! 予防原則の導入を/冷凍加工食品なしなんて……/ 学校給食食材の6割近くが冷凍食品 「安全行政」への市民参加を 4 管理される食 チェックリストが届いた/「俺の腹だ。ほっといてくれ」 不健康な「痩せ」だっている/メタボで儲けろ/はじまったメタボ狩り 「食育」が進める食思想の画一化/国民再統合の道具としての「食育」 「食育」ネタに教育現場に入り込む食ビジネス/長寿国沖縄の揺らぎと基地 第6章 足元からつくりなおす 1 生きる権利──広がる生存権裁判 高齢者たちのたたかい/これは「人間裁判」だ 2 地域でくらしと食を取り戻す この街で生きる──埼玉県秩父市/昔の豆腐を取り戻そう──沖縄県那覇市 村に「百貨店」をつくる/「そこに暮らす」を柱に 3 アジアの村から 百姓は越境する/おすそわけの経済を村でつくる 農民技術がアジアを結ぶ/ジョニーの思いを引き継いで 4 協同組合として──生活クラブ生協の取り組み 10円ギョーザを作ってみた/自給力向上のモデルをつくる 作り続け、食べ続けて、支えあう 5 食べるということ 「オニギリが食いたーい」/弱者に集中する餓死 労働力は安売りしない/生存権運動の一環としての食料主権 |
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あとがき 中国からのギョーザに農薬が入っていたと大騒ぎしていたら、そこに食料危機なるものが津波のように押し寄せてきて、世界中をのみ込んだ。せきたてられるように、本書の執筆を急いだ。表面にあらわれている出来事は分析しつくされている。6月には国連が食糧危機をめぐって「食糧サミット」を開き、この本が書店に並ぶころ、北海道・洞爺湖のリゾートホテルに世界のおえらいさん8人が集まり、G8サミットなるものが開かれているが、そこでも食料問題が論議の種になっているはずだ。 長年農と食をめぐる問題を見つづけ、現場で当事者の方々と動いてきたものとして、私たちはいま表面にあらわれているあれこれの根っこでなにが起こっているのか、それはどういう意味を持っているのかを明らかにしたいと考えた。「食べる」ことは、農という自然と人間が織りなす営みによってつくられた「食材」のなかに宿る「生命」を、「料理」するという行為を通して引き出し、それを「食べる」ことで私たち自身の「生命」を再生産することだと思う。この「生命の循環」「生命の再生産」の根っこにまでさかのぼって、いま起こっていることの意味をとらえてみたいと思ったのだ。 この野心的な試みが成功したという自信はないが、とりあえず食の根っこの現実をとらえ、そこで人びとがどう生き、あるいはどう生きようとしているかについては、お伝えすることができたと思う。 そのなかで気付いたのは、食の根っこをとらえるというのは、世界を丸ごととらえることだなあということだ。そう思って世の中を改めて眺めると、人も社会も壊れてしまったなあ、と思いたくなるような出来事が続いている。職場では経営の悪化を働く者のせいにして、仕事を取り上げ、賃金を切り下げ、過重労働を強いる。海外から安い農産物が入り、農産物の値段をどんどん切り下げ、田んぼや畑で働く人が食べられなくなる。村や町の工場は海外に行ってしまい、商店街が消えていく。社会保障や医療に金をかけるのは無駄だからと、予算が次々と削られ、社会を支える仕組みが空洞化する。これら目の前で起こり、自身も当事者であるもろもろのもとをたどっていくと、いま地球上をくまなく覆っている異常な競争社会に行きつく。追いこせ、勝ちぬけ、そのために効率をあげろ、人のことなどかまっておれるか、自然? なんぼのもんじゃ、俺は勝ち組だ! これをグローバリゼーションという。生命も自然も文化も、すべてのものに値札がつけられ、地球上を動きまわる。売り物にならないもの、売り物にしてはいけないものは、消え去るしかない。安全も安心も、それが商品にならない限り存在できない。すべてのものが売り買いされるということは、力のある者がますます肥え太り、貧しい者はいっそう貧しくなり、本来その地域に住む人びとのものであった自然環境も地域資源も文化も、肥え太った強者に吸い上げられることを意味する。そして、貧困と飢餓が世界を覆う。 田んぼや畑、食の加工や調理の場、食卓、それぞれの現場で働く、あるいは食べる人を訪ねるなかで、私たちは、いま食の世界で起こっていることの背後に、この世界を覆う貧困の連鎖があることに突き当たった。とすれば、その連鎖を断ち切ることなしに、私たちは「生命の再生産」としての食を取り戻すことはできない。誰にも生きる権利があること、生きる権利を求めて世界中の人びとがたたかっていること、足元では「くらし」を自分たちでつくりなおす実践がこれまた世界中ではじまっていること、食の現実を描くことを通して、そんなことがお伝えできたとすればとてもうれしい。 この本を世に出すにあたって多くの方々のお世話になった。日頃何気なく付き合ってきた友人、知人からは、「食べる」ことの現状をたくさん教えられた。国際協力NGO、日本国際ボランティアセンターのみなさんの現場からの報告と写真は、本書の内容を豊かにしてくれた。農業交易問題の専門家である近藤康男さんはじめ多くの専門家の方の分析や論文にずいぶん助けられた。そしてなにより、私たちの思いを形にしていただいた七つ森書館のみなさん。記して感謝したい。 |