ニュージーランド
エコ紀行


青柳光郎著
定価 1800円+税
四六判 並製 216ページ
ISBN978-4-8228-0874-7


ニュージーランドの楽しい旅がある。
自然と環境を守る人がいる。
(報道写真家石川文洋)

氷河に温泉、ホエールウオッチングにペンギン、ダイビング──。先住民マオリとヨーロッパ系移民が共存し、大自然を活かした観光で経済成長を続けるエコ先進国ニュージーランド。癒しの絶景と珍しい鳥・動物の写真103点とともに迫るその持続可能で楽しいエコライフ&エコツアーの魅力。

著者プロフィール

青柳光郎(あおやぎ みつろう)

1949年、東京生まれ。1973年、朝日新聞社に入社して、社会部記者に。警察、成田空港、気象庁、国会などを担当したのち社会部デスク、総合研究本部主任研究員などを経て、2006年5月、退社。「旅と地球環境」を主な取材テーマとしてジャーナリストを続ける。アジア各地のほか、アイルランド、アメリカなどの取材をしてきた。ニュージーランドは、2001年1月、花づくり農家を通して日常の暮らしや社会の様子を紹介する記事を『朝日新聞』日曜版に書いて以来、毎年のように訪ね、観光と環境保全、先住民文化など様々な切り口で紹介している。04年11月から『朝日新聞』のインターネット情報版「asahi.com」でコラム「旅たび愛ランド」を連載。『沖縄タイムス』でも「旅」欄でたびたび執筆している。朝日カルチャーセンターなどで講演活動もしている。主な著書『生きもの夢千里』『名画日本史』(いずれも朝日新聞社刊、共著)

はじめに

第1章 観光と環境
バイオ燃料で走るツアーの車/カーボン・ニュートラルでバス会社も客もCO2排出の埋め合わせ/エコ・ロッジ、敷地内ですべてまかなう/観光戦略、「持続可能」を掲げて官民一致/自然の観光資源、守ってこそ経済の発展/▼コラム 映画産業/環境憲章で地域ごとに可能な対策/野生生物保護、ツアー代金から費用捻出/▼コラム 海洋保護区

第2章 旅人の木
苗木を買って旅先の環境改善に一役/観光客の増加が町の環境を脅かす/地球サミットや京都議定書もきっかけ/ごみ収集の有料化、リサイクル促進へ/▼コラム 街道のカフェ/観光の環境認証制度に参加/地元業界、自治体、大学の三位一体/リサイクルを促すファッションショー/インターネット利用も後押し/▼コラム 刑務所の!?宿

第3章 囲って守る
カロリ野生生物保護区/全長8.6キロのフェンスでグルリ/首都の真ん中で/一億七千万円はどこから?/地域のボランティアが支える/500年構想で鳥と原生林の復活/沖縄でもできないだろうか/守るのはヤンバルクイナにとどまらない/▼コラム地下発電所

第4章 離島チャタム
自然保護省の最前線/先住民モリオリの遺跡もある島/森の現場に出発/斜面を上って下って息が切れて/オフィスより戸外の仕事が好き/▼コラム 空を飛ぶ原点/里親作戦の中心人物に会う/移民が連れてきた固有鳥の外敵/別の鳥が抱卵して育てる/島が救命ボートだった/一度失えば戻らない/▼コラム 十五少年漂流記

第5章 奥深いエコツアー
山や川で自己紹介/森で学べる心地よさ/生態を見せるホエールウオッチ/人間がクジラの世界の訪問者/文化と環境を守って成功/▼コラム 誰にもやさしい

第6章 ひろがるマオリの観光
鳥の保護区で歴史や文化を解説/6月の正月、地域あげてイベントに/伝統技能も観光資源、文化の語り部に/山や海で見せる自前の文化/地名で語る先住民の視点/初の全国組織も誕生/▼コラム 条約の地

第7章 再生の島・ティリティリマタンギ島
原生林が70%から23%に激減した国/ボランティアが28万本を植林/助け、助けられ、不思議な縁/やっぱり幸せなんだ。そうは思わないかい?/ボランティア群像/役所から独立した市民たち/育ち続ける次の世代/▼コラム キウイの神話

第8章 観光記念を残しにモトウイヘ島へ
木を植えるなんて、素敵でしょ/多くの人と知り合えて/これであなたも貢献できましたね/楽しみながら、だから長続き/百年ぶりに羽ばたいたサドルバック/▼コラム 家ごと引っ越し/自然回復の模範に

 推定千年ほど前に先住民マオリが住みつき、一九世紀後半からはヨーロッパ人の本格的な入植が始まったニュージーランド。推定一億年前にゴンドワナ大陸から分離したことで独特の生物相、植物相を保ち続けてきた長い期間からすれば、ほんの一瞬とも言える短期間で、その自然に深刻な影響をもたらしてしまった苦い歴史をもつ。
 牧場を始めるため森を切り開き、牧草地を一気に拡大した一方で、豊かな島の固有の鳥が生息地を奪われ、中には絶滅してしまった鳥もいる。そういう不幸な歴史を顧みて、元に戻そうという試みが各地で始まっており、モトウイヘも、そのほんの一例だ。
 人類が地球上を移動して開発も進めた歴史をふりかえりつつ、地球のあちこちに思いを馳せてみると、同様な過ちはニュージーランドに限らないことに気がつく。もっとひどい国のほうが多いだろう。日本でも例えば、沖縄でその実例がたくさんあり、いまも悪い方に進行中だ。
 「開発が悪いのではありません。経済を活性化し、生活を豊かにしてくれます。やりすぎがいけないのであって、バランスが大事なのです」。ニュージーランドの観光地で何度も聞いた。
 「良好な環境を次の世代に残す、と言いますが、それは間違いであり、おこがましい。環境と言うのは、私たちが将来の世代から借りているものなのです」。マオリに教わったことだ。
 こうした目で見ると、モトウイヘ島はじめ、これまで紹介してきたニュージーランド各地の試みは、これ以上の自然破壊にストップをかけ、元に戻そうとするお手本なのだと、つくづく思う。二〇〇八年七月、北海道・洞爺湖に世界の首脳が集まっても遠い先の理念でしか一致できなかったことを思うと、地味ながら、とっくに動き出している人々のほうがよっぽど未来に希望と可能性をもたらしてくれそうではないか。
 モトウイヘ島でサドルバックが放たれた日、「きょうは地域の人々の力で自然の回復を成し遂げた模範になりました。どの人にも共通の利益をもたらすことでしょう」と書かれた自然保護省の資料が配られた。
 二〇〇一年から毎年のように訪ねているニュージーランド。そのたびに自然や環境を守ろうとして動いている人々に出会う。

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バイオ燃料で走るツアーの車

 「うちのツアーに使う自動車は、バイオ燃料を使っているのよ」と、アンナさんは少し誇らしげな表情をした。
 ニュージーランドの北島中央部にある温泉地、ロトルアで出会った。ロトルアというのは、最大の都市オークランド市から車で三時間余り、火山と火口湖が多い観光地だ。先住民マオリが古くから住み、その歴史と文化にからんだ見どころがたくさんある。一九世紀になってニュージーランドに移住したヨーロッパ系の人々も温泉を利用する保養地にしてきた。南島のクイーンズタウンと並んでニュージーランドで最も古い観光地だ。
 そこを舞台にしてアンナさんは、家族でダック・ツアーズ社を営む。観光客を乗せるツアーの車には、2007年5月からバイオディーゼル燃料を使い始めた。従来のディーゼル燃料と半々に混ぜ、いずれ「100%バイオ」に転換することにしている。
 「問題は、値段です。原油の値上がりが当初の予想以上で、バイオ燃料も高くなってきました」と、アンナさんの義弟のトレバさんが言う。家族経営を支える一人だ。少し様子を見ながら、「できるだけ早く100%バイオを目指したい」と言う。
 植物に由来するバイオ燃料は、安定して供給を受けられるかどうかも難題だ。そう思ってアンナさんに聞いてみた。
 「はい。そうですね。でも、うちは確実に引き受けてくれる会社を見つけたので、その点は大丈夫です」と、その会社を教えてくれた。
 ロトルアの南西、テクイティ町にあるエンバイロン燃料社という。
 トウモロコシや大豆などから作るのだろうか。そうだとしたら、食糧供給を脅かしてしまう。やはり、疑問に思って、社長のワーレンさんに尋ねてみたら、答えは簡単だった。
 「台所で料理に植物油を使うでしょ。その廃油を精製しています。放っておけばごみ捨て場に行ってしまうものを活用しているんです」
 レストランからは、フィッシュアンドチップス作りに使ったあとの廃油も回収するという。フィッシュアンドチップスというのは、ニュージーランドのファストフードの定番で、白身魚のてんぷらとポテトのフライがセットになって出される。ヨーロッパ系の移民が守っている「食の伝統」の一つだ。店はあちこちにあるので、ニュージーランドに行った人なら、だいたいわかる。それほど入手可能な手近な「原料」でもあり、フィッシュアンドチップスと聞いて、一気に親しみのわくわかりやすい話になった。
 ワーレンさんは「廃油の精製そのものは昔からある技術です。私のところは、それを合理的にできる方法を独自に開発したので安定供給できるようになりました」と言う。もともと農場の経営者で、食糧供給を脅かさないアブラナかヒマワリを栽培して植物油を確保する将来計画ももっているそうだ。
 アンナさんの会社が使っているツアー用自動車は三台あって、どれもバイオ燃料を使うのだが、この車そのものが面白い。
 歴史のある観光地らしく、まず市街地でゆかりの建物などを回る。そのあと火口湖に向かって湖畔に着くと、そのままザブンと湖面に乗り出し、湖にまつわるマオリの恋物語伝説などを解説する。陸を走るだけでなく、船としても使える水陸両用車なのだ。
 「アメリカが第二次世界大戦で使っていた本物を買い取って改造したのよ」
 アンナさんの口調は再び誇らしげになった。
 さらに面白い話なので、調べてみたら、硫黄島上陸や沖縄戦でも使ったのと同種の上陸用舟艇だった。戦争の道具が時を経て赤道を越え、観光という平和産業に転身したわけで、私にはちょっぴりほっとする話だなと思えた。
 当時のアメリカ軍は「DUKW」という分類コードをつけていた。「D」は一九四二年の製造、「U」は水陸両用、「K」は前輪駆動、「W」は後輪駆動という意味をもつ。四文字を並べると、「DUKW」になり、「DUCK」(アヒル)というニックネームをつけたのだそうだ。
 言うまでもないが、アヒルそのものが陸地と水面の両方を行き来する生きものだからでもある。
 というわけで、アンナさんは自分たちのツアー会社を、ダック・ツアーズと名付けた。