対論 生き抜くこと

雨宮処凛 香山リカ著
定価1400円+税
四六版 並製 224ページ
ISBN978─4 ─8228─0877─8 C0036


いま最も注目される2人の女性作家が語り尽くす、若者たちの数かずの問題。生きづらさ、引きこもり、ニート、ワーキングプア……秋葉原事件。生き抜くことの大切さを語りかけます。

●著者プロフィール
雨宮 処凛(あまみや・かりん)
1975年、北海道生まれ。99年、ドキュメンタリー映画『新しい神様』(監督・土屋豊)に主演。2000年『生き地獄天国』(太田出版)を出版し、デビュー。著書に『バンギャル ア ゴーゴー』(講談社)『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版・日本ジャーナリスト会議賞受賞)『右翼と左翼はどうちがう?』(河出書房新社)『ワーキングプアの反撃』(福島みずほとの共著、七つ森書館)『雨宮処凛の「オールニートニッポン」』(祥伝社新書)『プレカリアート』(洋泉社新書)など多数。現在は生活も職も心も不安定さに晒される人々(プレカリアート)の問題に取り組み、取材、執筆、運動中。フリーター全般労働組合賛助会員、心身障害者パフォーマンス集団「こわれ者の祭典」名誉会長。週刊金曜日編集委員。「反貧困ネットワーク」副代表。

香山 リカ(かやま・りか)
1960年、北海道生まれ。精神科医。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。臨床経験を生かして、各メディアで社会評論、文化評論、書評など幅広く活躍し、現代人の“心の病”について洞察を続けている。
著書に『セックスがこわい』(筑摩書房)『なぜ日本人は劣化したか』(講談社現代新書)『〈私〉の愛国心』(ちくま新書)『ぷちナショナリズム症候群』(中公新書ラクレ)『ポケットは80年代がいっぱい』(バジリコ)『「私はうつ」と言いたがる人たち』(PHP新書)『弱い自分を好きになる本』(朝日新聞出版)『鬱の力』(五木寛之との共著、幻冬舎新書)『チルドレンな日本』(佐高信との共著、七つ森書館)ほか多数。
ホームページ http://www.caravan.to/


まえがき………………香山リカ

第1章 生存権って守られてる?………………雨宮処凛
                     香山リカ
    就職氷河期世代と共通一次世代
    きっかけはフリーターメーデー
    若者の貧困と引きこもり
    「自己責任論」に対する二つの反応
    グッドウィル折口会長宅を見る「リアリティツアー」
    『蟹工船』を自分の立場に重ねて読む
    仕事で自己実現しなくても……
    「三十一歳フリーター。希望は、戦争。」について
    まず底辺に広がる戦場をなんとかしよう
    分科会の発言から
    インディーズ系労組と生きるための連帯

第2章 変化してきた日本人の意識………………香山リカ
    趣味のマンガとゲームを楽しめれば……
    クールで合理的だけど、野心的で積極的な考え方
    変化した日本人の心理構造──漠然とした不安
    社会でいちばんデリケートな話題とは
    ある種の時代の無意識が働いている
    うつ病と自殺が増えている
    改憲論には本質がありません
    若い人に疑問をもってもらうために

第3章 格差と戦争を考える………………雨宮処凛
    就職氷河期と若い人の自殺
    偽装請負と違法派遣の実態
    ユニオンをつくって交渉する
    フリーターのホームレス化と自殺の増加
    IDカードがサラ金につながる貧困ビジネス
    若者による新たなインディーズ系労組
    憲法二十五条と九条をセットで考えていく
    自衛隊がフリーターを勧誘する
    右翼団体に入った理由
    「労働/生存運動」という新しい運動

第4章 いまこそ、生きのびろ!………………雨宮処凛
                     香山リカ
    G8の八人を捕まえろ
    デモを通して肯定の言葉を取り戻した
    元気になるメンヘラの人びと
    ニートや引きこもりと労働問題
    お金がないと病気もできない
    秋葉原事件の加藤容疑者は、なぜ「駄目」だったのか
    絶望的な気持が向かった先
    事件を機に、世の中の流れはすごく変わった
    加藤容疑者は、実は多数派だったかもしれない
    雇用の問題が一つの出口になった
    宮崎勤事件とは何だったのか
    加藤容疑者と宮崎勤
    いちばん厳しい状況にいる人たちとかかわる
    神でも母でも夫でもない場所

あとがき………………雨宮処凛

はじめに  香山リカ
 精神科医になってからずっと「若い人」の問題を考え続けてきたが、いまほど彼らがたいへんな状況に置かれている時代はない、と漠然と感じてきた。
 その「たいへんさ」には二重の意味があるように、これまで私は思ってきた。ひとつは、長引く不況、格差の広がり、非正規雇用の拡大や成果主義導入による労働の激化など、若者を取り巻く社会の側の構造的な問題による「たいへんさ」である。
 そしてもうひとつは、若者自身の内面のなんともいえない、しんどさ、つらさだ。このままじゃいけない、居場所がない、誰にも理解されない、生まれなければよかった。自己肯定感があまりにも低いのだ。そしてこう口にするのは、何も現実につらい状況にある若者だけではない。いわゆる一流企業や官庁で働く人や人気作家、アーティストまでが、「私なんて生きている意味がない」とまじめにつぶやくのである。ある意味で、自己肯定感にもとづくこの内面のしんどさには格差がない、と言ってもよいかもしれない。
 外側からも内側からも「たいへんさ」により責められている現在の若者たち。この人たちにどうやって接し、支えればよいのか、私は臨床の場で考え続けてきたつもりだったが、なかなかうまいやり方が見つけられずにいた。
 しかも、私は「若い人」の当事者ではない。子どももいない。臨床の場で答えを見つけられずにいるあせりもあり、マスコミから「いまどきの若者について分析を」といった依頼が来て何かを話すたびに、「はたしてこんな私に応える資格があるのだろうか」と自己嫌悪の思いが強まったりもしていた。

 そんな中途半端な私の目をひらかせてくれたのが、自分よりずっと年下の雨宮処凛さんだ。
 雨宮さんは十代のころから自分の内面からわき起こる「しんどさ」についてずっと考察を続け、エッセイや小説といった形でそれを言葉に置き換える作業を続けていた。それだけでは足りず、イラクや北朝鮮に行ったりテロを描いた映画の脚本を書いたり、といった「葛藤の行動化」を病的と生産的のギリギリのラインで行ったりもしてきた。
 そしてここ一年あまり、雨宮さんはついにその目を「外側から押し寄せるしんどさ」にも向け始めた。派遣労働者やニート、ネットカフェ難民を社会構造的な問題ととらえ、彼らがいまどういう状況に追い込まれているのか、また何が彼らを産んだのかを徹底的に調べ、考え、発言し、そしてデモ行進やイベントまで行う。彼女により、若者が抱えていた内面の「しんどさ」はくるりと翻転し、外側から押し寄せる「たいへんさ」と接続されたのだ。
 この憂うつ感は、あの法律とリンクする。この空虚さは、あの政治家の政策とリンクする。鮮やかに翻転の作業を続けながら、あなたが悪いわけじゃない、あなたの努力や性格の問題じゃない、というメッセージを届ける雨宮さんの快進撃を見て、私は久々に興奮したものだ。

 その雨宮さんと直接、話す機会がこのたび与えられることになった。
 私はまず、彼女の活躍を賞賛することにしよう。しかし、賛辞をひとしきり送った後は、気を落ち着けてあえてきいてみたいこともいくつかある。本当に、若い人たちの内面的な「生きづらさ」は、社会構造的な問題を解決することで解消されるのか。状況的にはむしろ恵まれていると思われるのに、「生きづらい」と感じている人も少なくないのはなぜなのか。また、この若者の危機の問題は、ほかの社会的弱者の危機、平和の危機の問題とどう関係しているのか。そして、内向きから外向きへと翻転を遂げた雨宮さん自身のモチベーションはどこにあるのか。
 ああ、早く話したい。さっそく始めることにしよう。