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城山三郎と久野収の「平和論」
城山三郎・久野収 著
憲法改正のための国民投票法の施行が迫ってくる、いま──国家の大義に裏切られた反骨の人・城山三郎と、自立精神に溢れた久野収に学ぶ。 |
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二人の「平和論」に学ぶ意味 ──“はじめに”に代えて 佐高 信 第一部 城山三郎の「反戦論」 「精神の火傷」が生んだ戦争文学 佐高 信 戦争で得たものは憲法だけだ 城山三郎・佐高 信 世界金融恐慌の読み方 佐高 信 第二部 久野 収の「非戦論」 『安全』の論理と平和の論理 久野 収 戦争と宗教と憲法 久野 収・佐高 信 非武装的防衛力は幻想であるか 久野 収 目覚めよ! ジャーナリズム 久野 収・佐高 信 |
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二人の「平和論」に学ぶ意味──“はじめに”に代えて この本は、『そうか、もう君はいないのか』で愛妻家の代名詞のようになった城山三郎さんの、体験に裏打ちされた強烈な「反戦論」と、わが師・久野収の、いまも新鮮さを失わない「非戦論」で構成される。 ……城山さんを伊豆高原の久野先生の家に案内したのは1998年の秋だった。そのときのことを城山さんは私との対談『男たちの流儀』(光文社)の「終わりに」にこう書いている。 「久野先生のお話は、痛快であり、融通無碍。話題も学界、文壇、政財界から音楽の世界にわたって千変万化し、その斬り口は鋭いが、軽妙な語りでもあり、時間の経つのを忘れさせた。というより、至福の時間の中にいる思いがした」 当時八十八歳だった先生は翌年2月に亡くなることになる。 ちなみに、久野先生の十七歳下が城山さんで、その十八歳下が私である。 最後に、城山さんとの対談の掲載を許可してくれた娘さんの井上紀子さん、そして久野先生の論文と対談の転載を許可してくれた久野夫人の芳子さんに深く感謝致します。 2009年4月10日 佐高 信 |