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本多勝一はこんなものを食べてきた 堀田あきお 堀田佳代 本多勝一 著 ジャーナリストの超大家 本多勝一と人気漫画家 堀田あきお&佳代コンビ夢の共演。『週刊金曜日』人気連載漫画、小学校から国民学校、旧制中学校、高等学校まで。全作品作品所収!豪華完全版! |
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第1章 小学1・2年生の頃 第2章 小学3年生の頃 第3章 国民学校4年生の頃 第4章 国民学校5・6年生の頃 第5章 旧制中学1・2年生の頃 第6章 旧制中学3・4年生の頃 第7章 高校2・3年生の頃 そして50年後、伊奈谷は今・・・ あとがき |
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そして50年後、伊那谷は今……(本多勝一)より 高校生最後の冬たる一九四九年一二月二八日のこの夜、担任の鹿間時夫先生が当直なので、高校の宿直室に同級の有志が押しかけて、徹夜で酒盛りをしました。最近の郷里の高校では、先生が宿直のとき一緒に飲んで騒ぐことはないらしいけれど、このときは先生自身が焼酎の一升びんをもちこんでくれましたね。 この最終回の漫画には、級友たちの間で高卒後の進路について語り合うところがあり、たとえば歯医者の息子は親の命令で歯科大学に行かされようとしているけれど、画家をめざして親と対決しています。俺も親の命令で薬剤師になるべき進路を決められている。親(父)は「薬学部を卒業して国家試験も合格し、薬剤師の資格をとったら」好きなことをしていいと妥協したものの、まさか俺が本当に大学のやり直しを実行するとは思っていなかったようです。したがって以後計八年間の大学生活で伊那谷を離れるわけですが、夏休み等でしばしば帰郷するので、伊那谷の変化には気付いています。 そこで連載が終わってから一年半後の二〇〇三年一月一〇日号では、かつてあれほど豊かだった自然の舞台が、その五〇年後の現在、みる影もなく破壊され、荒廃して「沈黙の春」と化した状態を、一種の付録篇として両氏に描いていただいたわけです。それがこのあとにつづく最後の一回分であります。こうなってしまうまでの経過は、川を舞台にした場合と野鳥の場合についてかつて詳しく書いたことがありますが、ここでは紙数の関係からごく簡単に要約しておきます。 本格的破壊の開始は、ほぼ「高度成長」の始まるころ、すなわち一九五〇年代末でしょうが、それより少し前、われわれが大学で探検部を創り、ヒマラヤ西部に学生探検隊として出ていった一九五六年ころには始まりかけていたと思います。というのは、楽しかった少年時代の魚とりやキノコ狩りが忘れられなくて、帰省した折りには同じ舞台へときどき行ったのですが、そのたびに魚もキノコも少しずつとれなくなってゆき、二度目の探険のあと一九五八年に帰郷したころにはほとんど釣れなくなっていたし、キノコとりの舞台も「開発」がすすんだからです。 天竜川の氾濫原の場合、まず自然状態のままになっていた沼や池が、水田開発とか堤防延長用の砂利取りとかで消えてゆきます。すでにそれ以前から、下流に魚道のないダムができたため、アユのような降海性の魚は来なくなり、放流漁になっていたけれど、それ以外の魚種は漫画に描かれたように豊富でした。 高度成長政策開始のころから急速になった破壊は、物理的・化学的の両面から進行します。物理的とは、さらにあちこちに造られた大小のダムのほか、あちこちの土木工事で河原の砂利が大量に採取されるのと、護岸工事の進行です。天竜川の本流の堤防は、それまでは多くが蛇篭でしたが、それが片端から厚いコンクリートで固められてゆく。蛇篭なら石の隙間が魚の棲み家になるが、ぺラっとしたコンクリート壁ではどうにもなりません。 しかし物理的環境破壊は、本流以上に支流や分流でもっと徹底的に進行します。堀田氏らを郷里に案内しながら俺自身も改めて驚いたのですが、大きな分流はもちろん、文字通りの「小川」にいたるまで、両側と底が固められた三面張りなのです。水辺の草はもちろん、水底の水草もなく、こんなプラスチック=モデルのような川に、どうして虫や魚が棲みつけましょう。これは「川」というより排水溝です。 もっと恐るべきは化学的環境破壊でした。農薬や工場排水です。猛毒ホリドールが使われたり、ヘリコプターの農薬空中散布が山林にまで及んだり。製紙工場やメッキ工場の排水周辺は藻も生えません。これでは水棲昆虫など生活できず、したがって野鳥も来なくなり、当然ながら魚影は消えてしまいました。 その結果、魚や小動物や水棲昆虫を求めて自然とともに遊んでいた俺たちのような子どもの姿が見られなくなり、村有林も開発されてキノコ狩りに行く子もいなくなり、そして、自然のおもしろさに比べたら実につまらぬニセモノ世界、あのディズニーランドに代表される植民地的風景に憧れる子どもが多くなりました。 自然破壊による「公共事業」で土建資本が太る構造は全国共通とはいえ、伊那谷はとりわけひどい地域のひとつではないかと思われます。長野県は知事の政権交替がなさすぎたことも関連するでしょう。こうした構造への反省や批判が高まって、今や土建資本は衰退しつつあるとはいえ、目立たぬ所では依然として猛威をふるっています。 たとえば伊那谷のほぼ中央に位置する私の故郷・松川町(旧大島村・上片桐村・生田村)。中央アルプスの主稜よりややはずれた山を水源とする松川は、三面張りの大工事が下流から上へ上へと進められ、本流の周囲に広がる氾濫原の松林や灌木林が事実上つぶされてしまいました。この氾濫原は扇状地を深くえぐった谷の中にあるので、洪水になっても扇状地の村落まであふれることはないのですが、これも結局は土建資本の生き残りのためなのでしょう。 かつてはこの氾濫原にも山幸が多く、コクワ(サルナシ)・ゴミシ(ナツブサ)・ヤマブドウ・アケビなどが谷の斜面にあるほか、河原の砂地部分にはアキグミが点々と薮をつくり、その下ではアオハツ(ハツタケの一種)が必ず採取できました。これらの山幸もすべて過去のものです。 松川は急流の上に暴れん坊なので魚種は少ないものの、カジカは豊富でした。しかしそれでもこの環境破壊に耐えられず、カジカの住める部分もあと五〇〇メートルほどで無くなってしまうところです。生態系保護に熱心な一部の若者が、なんとかこれを生きのびさせようと、ほかの川に移したりの努力をしているものの、無意味な三面張り工事をこれ以上やらぬことが第一でしょう。 しかし私は予言しておきます。暴れん坊の松川は、いずれ必ず来る集中豪雨でまた大暴れして、こんな三面張りなどたちまち破壊してしまうであろう、と。(そうすればまた土建業界が「再建」でもうかるか、それとも住民の意識が変って生態系重視に政策転換となるか?)「公共事業」という名の自然破壊をやらせ放題だった信州人も、二〇〇二年九月に田中康夫知事を改めて信任したことで、どうやら目覚めたと言えそうです。今後のいくつかの選挙戦で、田中知事を孤立させない県議や国会議員をどれだけ多く擁立していけるか。田中知事自身の側も、どれだけ県民を裏切らずに初心を貫けるか。まずはそのあたりに、三つの日本アルプスにかこまれた大自然のこの県の近未来はかかっています。 |