わたしと整体法
活元運動のすすめ

松崎早苗 著
定価:1400円+税
A5判 並製 136ページ
ISBN4-8228-0633-2


活元運動でからだが愉快になるのを体験しませんか?! 活元運動の入り方から、体が治ってきた体験、トレーニング、“気について”などを詳しく、そしてわかりやすく述べています。自分のからだを自分でケアしたいですね。

 

はじめに

活元運動の入り方

第1章 毎日の暮らしで体験したこと
  1 自分の体が治ってきた体験
    第1話 歯―――インプラントが抜けました
    第2話 肩―――五十肩が治りました
    第3話 手首――骨折のあとで
    第4話 目―――乱視が治りました
    第5話 首―――頸椎損傷を修正しました
    第6話 声―――大きな声と高い音が出るように
    第7話 あご――関節のずれが正常に
    第8話 腰―――ぎっくり腰が軽快
    まとめ 体が若返る感じを大切に
  2 タクラマカン砂漠旅行の仲間への愉気

第2章 愉気とは他の人の気と感応すること
  1 愉気とは、どんなものでしょうか
  2 愉気の実践を記録しました
  3 気が感応したことの証拠

第3章 活元運動のトレーニング
  1 活元運動の会のはじまり
  2 つくば活元会ドキュメント――Pさんの日記

第4章 気について
  1 気とは、どんなものでしょう
  2 中国の気の考え方
  3 気は化学反応と関係しています
  4 日本語に使われている気という言葉

おわりに

はじめに

 21世紀を迎えて平和を願った人は多いでしょう。
 さらに多くの人が健康を願ったことと思います。日本人の3人に1人がガンで死ぬという時代になったこと、しかも増加が速いことが心配の種です。身近な人の健康にもガンの影がヒタヒタと寄せていることを実感するこのごろです。平均年齢の高齢化や社会的絆の先細りを考えれば、いかにして自分と家族の健康を保っていったらよいかと、みな腐心していることでしょう。
 環境ホルモン問題の研究をしてきた科学者の私としても、ガン死の増加と低年齢化には胸が痛みます。数年前『がんと環境』(藤原書店)という本を翻訳出版しましたが、原題は"Living down stream"(川下に住んで)というもので、
「村の前の川に溺れて流れてくる人が見つかりそれが増えつづけているので村人は一所懸命助けているが、追いつかない。そこで、そもそも川上で起こっていることを突き止めそれを止めるしかないと、川上へと探索の手を伸ばした。するとそこで誰かが人びとを川に突き落としているのだった」
 という昔話を基にした題名でした。ガンが増えているのには原因があるはずだと、その探求にもっと努めてほしいと著者は訴えています。
 著者と同じように私も、ガンについて医療関係者が病気の原因因子として環境汚染をもっと重視してほしい、患者にも伝えてほしいと希望しています。私たち一人ひとりも、もっともっとこのことを重視しなければなりません。
「病気になれば病院に行って医者に治してもらう」
 と、誰もが思っています。
 本当にそうでしょうか。病気は医者が治すものでしょうか。病院に行っても治らない病気はたくさんあります。だから、いったん病院通いを始めると止まることがありません。
 たとえばガンには、外科的治療法、化学治療法(抗ガン剤)、放射線治療という3つの治療法のどれかが適用されますが、どれも原因に迫るものではなく対症療法にすぎませんから、患者は再発を恐れながら検査に通いつづけることになります。
 現在、「ガンが治った」という用語は「治療後4年間再発がなかった」ということと同義であって、常識的な「治った」ということとは違います。だから、患者は自助努力でさまざまな健康法に取り組んでいます。おかしなことに、それをたいていの病院、医者は認めず、快く思っていません。そういう患者の努力を無視したままで治癒率の統計が取られ、発表されているのですから変です。そのさまざまな健康法こそが病気を治しているとも考えられるのに、治癒率をはじき出す統計でそうした因子の影響を考慮することはありません。
 とくに「もう手がありません」と宣言された患者はみんな「代替医療、オルタナティブ・メディスン」と呼ばれるものに走っています。それに費やされる各家庭の出費をみれば、この「代替医療、オルタナティブ・メディスン」への期待と負担の大きさがわかるでしょう。
「代替医療、オルタナティブ・メディスン」を行っている病院は、末期ガンや難病ばかりを抱えていますので、その効果を一般の病院と比較して評価することはとても困難です。医学的に確立しているものさしで測ることはなかなかできません。
 しかし、「代替医療、オルタナティブ・メディスン」と呼ばれるものは、病院に行く必要のない体で暮らすための「いわゆる健康法」がほとんどです。そこにみんなが走っていくという事実は、それこそが人びとの望んでいる解決法であることを奇しくも明らかにしているのではないかと思います。
 その健康法の一つとして、ここに活元運動を紹介します。治療法ではなく健康法だといっても、「良い」という根拠を示すことは必要だろうと思います。「代替医療、オルタナティブ・メディスン」はまだ、医学的手法でそれを示すという態勢にはなっていませんが、いずれ、流行が高まれば体制から「証拠」の要請が出てくるでしょう。嘘で一儲けしようという悪者をしりぞけるためにも、主流医学側もオルタナティブ側も、研究を推進する必要があるでしょう。
 具体的な病名をもっていない人びとも、健康を保ちたいのは当然の願いです。女性の閉経や高齢化を病気ととらえる現代思考から脱して、それらを自然なことと受け入れ、しかも気持ちよく最後まで生き抜きたいものです。そのために自分自身の体を信じ、その声に耳を傾け、さまざまな情報の中からよいものを選び出す直感を磨くことが求められます。そこでは生きたいという欲、家族を守りたいという欲は役に立ちますが、物欲、金欲、名誉欲などは災いの元となります。このことはちょっと心に止めておいてほしいと思います。
 健康を病気との対比で考えるのではなく、
 ・人生をまっとうすること
 ・心ゆくまで生き抜くこと
 ・生きることそれ自体を楽しむこと
 ととらえることが大切です。それには太古以来生物に備わっている生きる力、すなわち、「気」を解放しなければなりません。「気」はそもそもの初めから人に備わっていたのに、科学が発達するにつれて「説明できないものは存在しないもの」へと追いやられ、封印も同然になったものと思われます。
 科学とは言葉あるいは数値データで説明できることを前提としているので、昔は誰でもわかっていたことが、人と人の間が疎くなってコミュニケーションは文字や数値で表すことが原則になった段階で、「気」は神秘の世界に追いやられてしまったのではないかと思います。しかし、「気」のはたらき自体は厳然として存在するので、体制の権威に左右されない人びとの間、そして、皮肉にも権威そのものを形成している人たちの間に連綿として継承されてきました。
 お金に困らない人たちがどんな健康法を取り入れているかを想像して見ると、神秘主義の烙印を押して一般庶民から遠ざけられた方法を行っている面が垣間見えます。私たちはいまこそ「気」を実体として認めることによって、その力を十全に発揮させ、悠然と生き、当たり前のことと受け入れられる死を迎えられるように、頭を切り替えるときではないでしょうか。
 この書で紹介する活元運動を端的に言えば、「気」を実体として認知すること、「気」こそが自分の体を生物としてはたらかせている根本であると認めて、そのはたらきに任せることです。すべてを天に任せる気持ちになっていると、生命活動を活発化させる運動が自ずと起きる、というのが「活元運動」です。それを私自身の体験を話すことによって伝えたいと思います。
「気」を中心にしたさまざまな試みを、神がかりだとか、新興宗教だとして遠ざけておかないために、「気」の本質についてもつたない考察を付け加えたいと思います。3000年かそれ以上の間、中国の歴史的宝とされてきた「気功」や「東洋医学」の基本は、生命活動を「気」としてとらえることです。
 日本でも弓削道鏡のような御殿医が行ってきた治療は「気」を中心にしたものではなかったでしょうか。今後、経済が発展していったらどう変化するかはわかりませんが、中国人の友人・知人から感じることは「気」がまだまだ文化にしっかり座を占めているなということです。中国では伝統を中心とした中医学と西洋医学が並存していると聞きます。今後、近代化、経済開発が進んで、表層からは次第に姿を消すかもしれませんが、政府が中医学を進め、国立の「気」研究所を持っているので、制度的に支えられていくものと思います。
 日本にも「気」の伝統はあるのですから、これを文化的基礎として復活させ、市民権を与える必要があるでしょう。

   2006年 秋   松崎早苗