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出版に当たって
●引っ越し
「とっぷりと深い闇
まばゆい朝の光
すきとおった風
土手に咲く黄色い水仙
あわい白緑色にかすむ
飯野町に越してきました」
この春に、こんな転居の手紙を出して、200年は建っている古い萱ぶきの民家に引っ越しました。囲炉裏も建具もそっくり手を加えられずにあり、家のなかにおいしい水が湧いています。
「よくこんな家に住めますね」
「ボロボロじゃない、すごいわね。私はこんな家、ぜったいにダメ」
「直すったって、こんなふうではたいへんじゃない。だいたい、直るの?」
などと呆れる人ばかりが多くて、うんざりしています。だって私は、はじめてこの家を見たとき、
「なんてステキな家だろう、水がある、囲炉裏も建具もそっくりしている。生け垣はお茶だ。しかも、カキドオシ、ユキノシタ、ドクダミ、ぜんぶ薬草じゃない。私の家だ」
と思ったのです。
越してきてさっそく、萱屋根の修復が始まりました。萱は、去年の冬に友人知人に呼びかけて2日間で40人ぐらいに手伝ってもらい、トラック2台分、刈りました。その萱を使って、さし萱というやり方で屋根の痛んだところを補修するのです。
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70歳になる萱ぶき職人の親方を中心に、屋根にのぼる足場も丸太と竹で組み、萱をすき、切り、運ぶなど、ぜんぶ手作業の仕事が山のようにあります。いっしょに作業してみると、なぜ日本中で萱屋根がなくなってしまったかが、よくわかります。何しろ、人手が必要なのです。
親方が、
「昔はみんな、自分の家は自分で作ったから、だいじにしたんだ。今は人任せだから、だいじにされない」
と言います。この古い家を修理すれば、また50年も100年も使える、そんなふうに作ってあることがすてきで、すごいな、と思うのです。
萱屋根が、一部ですが、すっかりきれいになりました。
「いや、きれいだねえ」
「いいもんだねえ」
などと、近所の人が寄ってきます。今ごろになって私たち夫婦は、
「こんなに大変だとわかっていたら、やらなかったね」
と話しています。
何もわからないからやってしまえることって、ありますよね。でも、ふき上がった屋根が美しくて美しくて、泣きたいほどです。それで、これからもずっと萱を刈って、すいて、切って、終わりのない修復を続けていきます。
●蛍に魂ぬかれた
夜、ワープロに向かうと、無数の虫たちが集まってきます。
「なんてところだ」
と思うのですが、電気を消した部屋の窓に蛍がとまり、ホワーッと青い光がついたり消えたりして、この世のものとは思えない美しさです。
「暑くて眠れない」
とボヤいていた娘と、蛍に魂ぬかれたまま、いつのまにか眠ってしまいました。
田んぼに無数のトンボが乱舞しています。見上げた電線にも、ズラリと並んでいます。見慣れない光景だからでしょうか、何か変わったことが起きるかのような胸騒ぎがしました。ところが、まぬけなトンボばかりで、フウワフウワと私の肩や腕に止まります。
家のなかにもトンボが迷いこみました。細長い二対の羽は、蜘蛛の糸のようにやわらかな幾何学模様、以前は恐くて触れなかったのに、最近はさまざまな虫たちを美しいと思い、スケッチしたいと思うようになりました。
夏の庭は、朱赤、薄紅、白、桃と色とりどりのサツキが終わり、水色と青紫色の紫陽花と桔梗がさかりです。むせかえるような緑の山里は、どの家も花でいっぱい、道路沿いにまで水仙やコスモスを植える熱心な園芸家があちこちにいます。
花を愛でる心やさしい隣人たちは、不精な主を見かね、黙って草刈りカマで生け垣の下草刈りをしてくれます。いつのまにか花が井戸端に置いてあります。仮住まいの玄関に、きゃべつやきゅうりが置かれています。
こんなやさしさに包まれる暮らしも、いまだかつてなかったことでした。
●土を食べる暮らし
農薬や食品添加物が気になって、店先で売られている野菜や食品を喜んで買えない、そんなこだわる暮らしを続けてきました。また、有機野菜の会を作り、その会の運営に莫大なエネルギーを使ってきました。農薬を空から撒くような、環境全体に悪影響をおよぼす農薬の使い方はやめてもらいたいと、反対運動にも取り組んできました。原子力発電の安全性に疑問をもち、さまざまな研究者をお招きして学習会を開いてきました。水道水の発ガン物質の汚染調査をしたことから、去年は福島県に水源保護条例を作る署名運動にも取り組みました。
それもこれも、どんなふうに暮らすことがいいのか、暮らしたいのかを考える試みであったように思います。そう、いまはできるだけ土に近く暮らしたいと思っているのです。土に近く暮らしていたころの食べもの、食べ方、暮らし、暮らし方など、とりかえしがつくうちにたくさん味わっておきたいのです。
東京で仕事をもって暮らしていたとき、しょっちゅう飲みに行きました。コンサートや芝居、文楽に夢中になり、夜中まで踊り明かし、週末にはヨットに乗りに油壷まで通いました。ここはコンサートや芝居、文楽もディスコもヨットもないし、汗まみれ、泥まみれで、萱と格闘していて何が楽しいのか、われながら不思議です。でも、最高のお酒と同じくらい、水がおいしいし、最高のごちそうと同じくらい、生のきゅうりがおいしいことがわかりました。
米料理の本は『米子の畑を食べる――おもいっきり野菜料理』の本を描くときからの念願でした。私たちのご先祖さまが、こんなにもゆたかに米を食べてきたことを伝えたくて、いっしょうめんけい描きましたが、思いばかりあふれ、はたして皆さんが使いやすい本になっているでしょうか。
また、さまざまな事情で、出版が遅れました。お待ちいただいたたくさんの方々に、心からお詫び申し上げます。『米子の畑を食べる』に寄せられた葉書は、ぜんぶ読ませていただきました。どんなに励まされたかしれません。ありがとうございました。
今回も表紙には、大好きな渡辺俊明さんの「花摘み童女」を使わせていただきました。
一度見て脳裏に焼きついたこの絵を、福島市のレストラン岩代屋敷大王の女将さんから、快く貸していただきました。深く感謝いたします。
最後に、お世話になりました七つ森書館の皆さまに心からお礼申し上げます。
1994年7月 境野米子
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