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No.3-2000年6月 発行・株式会社 七つ森書館 〒113-0033 東京都文京区本郷3-13-3 三富ビル Tel.03-3818-9311 Fax.03-3818-9312 |
目次 |
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| 念願だったホームページをご覧になれるようになりました。今年の1月から稼働し始めて、5月から本格的なホームページになりました。 ホームページには、全出版物を写真入りで掲載し、本の目次、紹介いただいた書評なども載せていますので、すぐに本を注文することができます。特徴は「立ち読みコーナー」を設けたことで、本のハイライト部分を読むことができます。ぜひ、アクセスしてみてください。 また、Eメールもお気軽に送信してください。メールをいただきましたら、新刊や催し物のご案内をお送りしますので、こちらもよろしくお願いします。 ホームページは、別にこれといった宣伝をしてきた訳ではありませんが、アクセス数は1000回を越えました。6月に入ってからは、週に100回近くのアクセスがあります。 |
こんなに多数のアクセスをどう考えればよいのでしょう。おそらく、新聞やTVなどのマス情報より個的情報(個人が積極的に得る情報)が重要視されきたことのあらわれなのではないでしょうか。メールの広まりも同様に考えられます。個人から個人へ向けた情報伝達の手段として、ますます広がるでしょう。 では、「七つ森通信」はどうでしょうか。本誌は、私たちの本づくりの姿勢を自分の言葉で語ることを主題としています。PR誌に違いありませんが、出版の趣旨をご理解いただきたいのです。 私たちは、七つ森通信-ホームページ-メールのネットワークのつながりを深めていくことが、大切だと考えます。どうぞ、本づくりに対するご意見・新刊企画をメールや返信カードでお寄せください。 |
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| ●成田空港の暫定滑走路問題で、声明「成田空港の滑走路暫定案を白紙に戻す声明」の運動に参加しましたが、その報告集づくりのお手伝いをして、2月末にブックレットにしました。お問い合わせは、小社まで。 ●3月に、成田空港に反対している三里塚農民と市民が繰り広げる「地球的課題の実験村」の運動をまとめた本『生命めぐる大地』を出版。3月26日のシンポジウムの会場で初売り出しをしました。参加者の半数の方が購入してくださいました。 ●3月25日、『生命めぐる大地』を持って成田空港の記者クラブで記者会見。6月15日に朝日新聞千葉版の記事になりました。 ●高木学校Bコース第2回連続講座「エネルギーと生活」の報告集づくりのお手伝いをしていますが、こちらは6月発行の予定。 ●また、高木学校の次期講座のためのブックレット『リサイクルの責任はだれに』(高木学校ブックレットNo.1、桑垣豊+高木学校リサイクル研究グループ)のお手伝い。7月完成予定で、この出版記念シンポジウムが7月22日に開かれます。高木学校のお問い合わせは、 〒164-0003 東京都中野区東中野1-58-15 原子力資料情報室気付 高木学校事務局 TEL.03-5332-3227 FAX.03-5330-9530 URL:http://www.jca.apc.org/takasas/ |
●4月28日、青森地裁で行われた核燃料サイクル施設の裁判を傍聴。高木仁三郎さんが証人として出廷がしましたが、10時から4時まで証言するという超ハードスケジュール。闘病中の高木さんの体調が気づかわれましたが、国側の弁護人を圧倒するまさに「歴史に残る名証言」(一万人訴訟弁護団の海渡弁護士の言)でした。一万人訴訟原告団のみなさんのご協力で、証言録を発行します。 ●5月27日は原子力資料情報室がNPO法人になって初めての総会。会場入り口に『原子力市民年鑑2000』と西尾漠さんの『地球を救うエネルギー・メニュー』を並べて、初売りしました。これらの新刊は、同封のチラシをご参照ください。 ●6月2日、上記の二書と原子力資料情報室発行の英文パンフレット“Criticality Accident at Tokai-mura―1mg of uranium that shattered Japan's nuclear myth”(『東海村臨界事故―1ミリグラムのウランにより破れた日本の原子力神話』)を持って、科学技術庁記者クラブで記者会見。『原子力市民年鑑』は発行のたびに記者会見をしてきましたが、今回で5回目の記者会見でした。5回目という節目に感慨深いものがありました。 ●編集中の本は、JCO臨界事故総合評価会議編『JCO臨界事故総合評価』、「自然エネルギー促進法」推進ネットワーク編『自然エネルギー10%戦略』、エコ社会構築調査研究会(ESS研究会)編『21世紀への提言』、高木仁三郎著『証言』(いずれも仮題)など。楽しみにお待ちください。(な) |
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本には、こんな紙を使っています |
| 前号の通信でもふれましたが、小社では本をつくる紙と印刷インクの見直しを行ってきました。今回は紙について、少し詳しく見ていこうと思います。 1999年2月に刊行した日本弁護士連合会編『孤立する日本のエネルギー政策』から古紙100%配合による再生紙を中心にして本をつくってきました。本文はもちろんのこと、カバー、表紙、スリップ、図書目録、愛読者カードにいたるまでです。本をご覧になった方はおわかりになると思いますが、新しいパルプ(木材の繊維質だけでつくった、古紙をまったく含まない紙の原料)を使用したものと比べてみても、遜色ない仕上がりだと思います。 この取り組みは、遅きに失した感がありますが、背景に製紙メーカーが再生紙の新製品を発売し、営業活動を展開していることが挙げられます。小社を訪れた王子製紙の営業マンの話をもとに、少し調べましたら次のようなことがわかってきました。 現在、需要がないために回収ルートにのらない古紙が約430万トンあると言われています(日本製紙連合会調べ)が、このことは古紙100%配合による再生紙を十分に利用できる環境が存在していることを意味します。 |
また、紙は漂白されたパルプを原料としてつくられますが、これまでは漂白過程で塩素が使われることが多かったために、ダイオキシンなど有機塩素化合物が排出されていました。現在では酸素漂白が普及し、塩素使用量が減少しています。また、北欧などで行われている無塩素漂白(ECF漂白)の用紙がつくられるようにもなってきました。加えて、無塩素漂白は最も繊維の強度が高くなる漂白方法なので、リサイクルを重視しているドイツでも高い評価を受けています。どんな紙でも、最初は新しいパルプからつくられますから、リサイクルに強いものをつくっていくことが循環の原点になります。可能な限り再生し、利用することによって、古紙として余ったり、あるいはゴミとして捨てられることがなくなるのです。 1冊の本ができるまでに、残念ながら多くの紙を使わなくてはならないのが現状です。プリンターから出力され、校正紙などに使われたOA用紙を、小社では業者に回収してもらっています。この回収された紙も本の原料になるのです。 古紙が十分に存在すること、限りある資源を有効に使うという観点から、これからも古紙100%配合による再生紙で本をつくっていこうと思います。 (Y) |
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『生命めぐる大地』(地球的課題の実験村編) |
| 地球的課題の実験村は成田空港問題に取り組む三里塚農民と市民の中から出てきました。農民が空港と対峙し有機農業をしていく中で、農業のもつ循環と持続こそが重要であると認識していったのです。 私がこの人たちに引きつけられたのは、考え方ももちろんですが、実際に作っている野菜を食べてみたときでした。食べてみると、今まで食べていたものが何だったのかと思うくらい、野菜本来の味がして美味しかったのです。化学肥料や農薬を使わず、土とは何かを考え、自然の生態系をうまく利用して野菜を作っている人たちですから、ふところも深く自信に満ち溢れています。小難しい言葉を使って説明する専門家とは訳が違いました。 本書を編集する際に、それぞれ言いたいことがあり過ぎて、原稿量が多くなり、予定ページ数にまとめるのは大変でしたが、思いがひしひしと伝わってきます。 さて、この「農的価値」の視点で現代社会の問題を見てみると、どう見えるでしょうか。例えば、ダイオキシンや原発から出る放射性廃棄物、遺伝子組み換え食品を見てみますと、これらは本来、自然界に存在しないものですから、生命系を脅かすことになりますし、自然循環系の中で処理できません。ここで取り上げた例は、実際に自分の目で確かめることが難しいものです。 |
どんな変化が起こるか予測しながら生活していかなくてはならない(因果関係があいまいな)ものが、他にも世の中にはたくさんあります。手遅れにならないためにも、バランスのとれた判断力が求められます。若い世代にむけて語った座談会で、龍崎春雄さんは次のように言っています。「おれらは、豊かなんだよ。実際、三里塚でこうやって百姓やって、いい水飲んで、いい空気吸って、いい野菜食ってよ、ぜいたくなんだから。そういうことをきちっと社会的に認めて欲しいんだよな。空港なくてもこれだけ豊かさがあると……」 快適さや便利さばかりを追い求めるのではなく、ある程度長いスパンで未来の世代と地球のことを予測し、現在のライフスタイルを見直していく。その鍵になるのが「農的価値」であり、このものさしを身につけて生活することで、奪われつつある未来を取り戻すことができるのではないかと思います。 (Y) |
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「漢方で治す」ということ |
| 東京の上野に梁哲周先生という御仁がおられます。書物に埋もれ、映画を愛し、旨いものがあれば食しに行き(といって、美食家ではありません)、談論を好む方です。本業は漢方の教育者で、お弟子さんは千人を超えると聞きます。 梁先生の学校は「林東医学院」と称しますが、その名の由来から、林が朝鮮の美称であり、朝鮮で発展した中国の医学を東医といい、日本で花開いた医学が漢方であることを教えてもらいました。 院長室の書物は本棚からあふれ、床から積み上げるだけでは足りず、来客用のソファーをも占領しています。初めて訪問した私の連れ合いが「先生、大掃除ですか?」と訊ねたものですから、学院生の爆笑を買ったとか。 観た映画は数知れず、日本映画について論じることもしばしばです。中でも山中貞雄監督の『人情紙風船』を観た後は絶句して語らず、しばらくして「いい映画だねえ」とだけ語ったそうですが、梁先生との談論に誘われて、多くの日本映画を観る機会に恵まれました。 14〜15年前に梁先生と初めてお目にかかった時のことです。「左の脇腹、肋骨の下あたりがいたみませんか?」と訊ねられました。当時の私は、ストレスの塊のようなものでしたから、日を改めて梁先生を訪ねますと、「これを飲んだらどうですか」と漢方薬を処方してくださいました。漢方薬を飲み始めて2〜3日で、脇腹の痛みもとれて、気分もすっきりしてきたのです。 |
以来、梁先生を勝手に主治医と定めておつき合いいただいていますが、ある時「みなさんは漢方のことをほとんど知らないね」とおっしゃり、若手編集者を集めて講座を開かれたのです。「漢方百年史」「陰陽五行について」「食治について」「中国語の基礎」など、門前の小僧よろしく勉強してきましたが、なかなか身につきません。梁先生の苦笑を誘うばかりです。 さて、漢方で治すということについて。 「漢方薬は草根木皮からつくられますね」「うん、竜骨といって化石を使うこともある」「つまり、天地自然の恵みを受けているわけですね」「そういう考えもある」「これほどエコロジカルな医療は、ほかにないと思うのですが」「うん、肝心のエコロジストが関心をもってくれないがね」 こんな談論から、触発されるものが多々ありますから、新刊の企画が生まれて、「漢方で治す」と冠した『アトピー性皮膚炎』『ゆううつイライラ不安』などを出版させていただきました。 梁先生は、つねづね「漢方はハーフ・マジカルなものだと捉えられがちだ。しかし、きちんとした教育方法をとれば、名医になれる」と述べられます。先生の信念を感じます。 (な) |
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| “希望”と対となるものとしては,“確信”あるいは“自信”というものがあります。 「自分たちがなにかやれば,世の中は変わっていくんだ」ということへのある種の確信がないとね。“希望”というのは対になってくるものだと思うんです。だから,みんなもっと“確信”を持ったほうがいいと思う。そういうことによって,あきらめから救われると思っています。 現在の状況を見るならば,これまで進められてきたやり方そのものがどん底に来ているといえます。体制側にとっても「このままではいけない」「どうにか変わらないとどうしようもない」という所に来ているわけです。逆に言えば,こちら側から積極的にいろんなことを対置して提起し,世の中を変えていくことについて,少しずつかもしれないけど自信を持っていいし,希望が持てると思うんです。 『原子力市民年鑑2000』 巻頭論文「JCO事故から考える」(高木仁三郎)より ● 成田空港問題は長い間、国側と力の対決という関係が続き、膠着状態の下、東西冷戦終結のような時代背景もあり、1991年にシンポジウムという形で国側と真の問題の解決をめざし、話し合いがもたれました。それに際して、私たちの解決策として提案するためにまとめた『児孫のために自由を律す』という論文で、地球的課題の実験村を展開したのです。したがって、実験村という提案の性格は、空港問題、特に二 |
期工事による2本目の滑走路を作ろうとすることに対しての対案でした。この段階の中身としては、むしろ国側の大きな方向転換を求め、二期工事予定地を実験村として、ということでした。(中略) 実験村の考え方は評価され、その後、「地球的課題の実験村」構想具体化検討委員会が運輸省内に設けられ、引き続き私たちは努力を試みましたが、頓挫し、まとめとして理念だけが『若い世代へ―農の世界から地球の未来を考える』と題して出されました(1998年5月)。その後、私たちは新たに地球的課題の実験村準備会を発足させ、多くの皆さんと試行錯誤しながら、歩みはじめました。 『生命めぐる大地』「はじめに」(柳川秀夫)より ● これまで主張してきたことをまとめると、次の4点になります。 @エネルギーの消費量を減らす。 A原発はすべてやめる。 B化石燃料は最少の利用量、最小の環境負荷となるよう、じょうずに使う。 C需要側と供給側の双方で分散化をすすめる。 ここでABCは、そうすることで@が達成されるものとして考えています。エネルギー消費の拡大が環境の危機を招いているのですから、「低エネルギー消費の社会」を実現することが真剣にめざされなくてはなりません。 『漠さんの地球を救うエネルギー・メニュー』 (西尾漠著)より |