No.6-2002年3月
発行・株式会社 七つ森書館
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No.6―2002年3月号
目次

『高木仁三郎著作集』についてのお願い

 本著作集は、第3回配本「市民科学者として生きる1」を刊行する運びとなりました。配本予定より1カ月の遅れですが、どうぞおゆるしください。刊行開始以来、各界から好評をいただいています。
 さて、販売状況ですが、650部――販売目標の1500部の4割を越えたところです。当初は、目標部数が低い、もっと売れるという見通しもありましたが、現状は非常にきびしいのです。
 ご承知のように出版界は不況下にあります。中堅出版社の倒産や小出版社の転業・廃業をはじめ、最近では良書を流通させてきた鈴木書店の倒産がありました。小社も回収不能な債権が生じて、痛手を受けています。また、取次会社の差別取引 注)によっても苦しめられています。
 小社の財政は逼迫しております。上記の外的要因のほか、先行投資を回収できずにいるためです。著作集の完結に至るまでには、相当な困難が伴います。

 そこで、みなさまにお願いがあります。どうぞ、お知り合いの方に勧めてください。図書館へリクエストしてください。全巻申込の方への割引サービスは続けます。

 『高木仁三郎著作集』の完結は、私ども七つ森書館の成すべき事業であるのは、重々承知しております。高木さんの思想と業績を伝え歴史的評価に資すること、若い人たちの中から市民科学の志を継ぐ人の登場を願うことなど、皆さまと想いを一つにするものです。私どもは一層積極的な出版活動をすすめることによって、困難な状況を打開していく所存です。

 どうぞ、ご尽力くださいますよう、重ねてお願い申し上げます。

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高木さんの仕事

 パソコンのリターン・キーをたたいて、胸の奥がじーんときました。
 年末年始から1月にかけて、高木さんの著作の整理をしました。高木さんのご自宅、鴨川のお宅、原子力資料情報室からあつめてきた著作です。新聞、雑誌、ミニコミ、パンフレット、ビラなどのほか、読者の方から送っていただいた資料もあります。収集は高木久仁子さんの保存に負うところ大なのですが、大方は整理したと思っていましたので、最後の詰めをしようと始めました。
 しかし、作業がはかどらないのです。収集した著作に番号をつける、コピーをとる、著作名・紙誌名・発表年などをパソコン(ソフトはエクセルです)に打ち込む――単純な作業なのですが、なかなか終わりません。ようやく一区切りがついて、日付順にソートするためにリターン・キーをポン。リドローした画面を見て、震えがきました。年代順に整然と並んだ580点のデータ――その一行一行にフラッシュバックするような……。
 次に取り組んだのが、雑誌『科学』(岩波書店)に1973年から毎号執筆した「科学時事」。無署名の記事でしたので、どれを高木さんが書いたのかわかりません。幸い編集委員の山口幸夫さんがバックナンバーをお持ちでしたので、数人の若い人に「科学時事」の全ページをコピーしてもらいました。これを岩波書店で編集長を勤められた大塚一夫さんが判定してくださいましたので、チェックを見ながら記事のタイトルと月号数を打ち込むのですが、これもなかなか進みません。400点を越えても、500点を越えても……。総数は635点でした。16年間、1回も休載せずに続けて来られた結果です。

     


 現在、整理がついているのは、著書59、共著書103、翻訳書7、学術論文27、新聞・雑誌発表の論文など580、科学時事635、総数1411(ただし、分類の間違いが含まれること、原子力資料情報室通信とはんげんぱつ新聞に執筆したものは未整理であることはご容赦ください)。また、多くの写真や録音テープ、ビデオテープも遺されていますし、高木久仁子さんの元にはたくさんのノートがあるそうです。おそらく2000点を越えるでしょう。
 これが、高木仁三郎一人がなした仕事です。著作集出版とともに、著作を整理保存し、“高木仁三郎研究”に資するのも、小社の務めです。4月頃には、小社のホームページにアップしますので、ご覧ください。記載されていない資料をお持ちでしたら、ぜひご一報ください。(な)

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ブックデザインは明るく

 ブックデザインとは、本のカバーを含めて、表紙、扉、本文などのデザインを指します。編集者や出版社にとって、いちばん工夫を要求されるところです。

 50点を越える書籍を世に送り出してきましたが、昨年あたりから、少しブックデザインを変えてみようと考えるようになりました。小社の本は、ヴィヴィッドなテーマを扱うせいか、どこか重々しい。タイトルも堅いのです。

 ずいぶん以前――書名をだして恐縮ですが、『脱! プルトニウム社会』を出版したときのこと。ある女性が、本を手にとるなり、
「こういうのって、読者を拒否してるみたい。仲間うちならいいけどね」

 カリフォルニアの青空のもと、たくさんの風車が回る写真をバックに「脱!」を大きくデザインしたカバーですから、力強い文字がいい、と反論はしました。しかし、釈然としない気持が残りました。その後、脱原発関連の本は、「出版されない」「書店に並ばない」「売れない」の“三ない”状態に陥っています。この状況を、「大多数の人々は、原発に対して結論を持っている。原発はイヤだ、と。いまさら、原発は危険だという本を出しても読まれない」と解釈はしてみるのですが、ある一面を指摘しているにすぎません。現実に、原発と止められないのですから。ならば、どのように本をつくるか……。

   
長い前振りになりましたが、上のカバー2点を見てください。『知ればなっとく脱原発』は市民科学ブックスの3冊目。「はんげんぱつ新聞」連載の「反原発講座」をまとめたもので著者は31人の論客です。『食べものは商品じゃない』は、永年日本消費者連盟の代表委員を勤められ、昨年亡くなった竹内直一さんの遺稿集です。カラーでないのが残念ですが、左はタイトルの語感を柔らかくして思いっきりピンクを基調に、右はイラストを中心に中間色でデザインしてもらいました。
 デザイナーさんにはコンセプトを「どちらも市民運動の本です。テーマも重くなりがちですが、運動していると楽しいことがいっぱいある。世の中を変えたい、よりよく生きたいという美しい気持をブックデザインに表現できないでしょうか」と要望したのです。まだまだ試行錯誤です。ご意見お寄せください。(な)
(『知ればなっとく脱原発』は、定価1600円+税)
(『食べものは商品じゃない』は、定価1800円+税)

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私たちは、どこへ向かうのか

 おおげさなタイトルを付けましたが、先日、「こんなことがあっていいのだろうか」という切迫した想いに見舞われました。
 4月18日から供用が開始される、成田空港の暫定滑走路の予定地内で暮らす人びとのところへ行ったときのことです。「成田空港の暫定滑走路の供用の中止を訴える運動のよびかけ」という長い名称の運動に加わり、事務局のお手伝いをしているのですが、見学ツアーを催すことになって下見に行ったのです。
 2年半振りに現地を訪れたのですが、あまりの変貌に度肝を抜かれました。話には聞いていたのですが、まず道がわかりません。県道のそばにある神社を目当てに農道に入り、こんもりと茂った木々につつまれた農家を目指して行って「こんにちは」と言えば、笑顔で迎えてくれたのですが……。県道は、飛行場の滑走路をくぐり抜けるトンネルとなり、農家へ向かう農道は付け替えられて、両側に張り巡らされた3メートル余のフェンスに視界が遮られているのです。神社を包んでいた立木は伐採され、ここもフェンスに囲まれている。農家や畑、共同出荷場、鶏舎の敷地境界ギリギリにフェンスが建てられている。手が届きそうなところには滑走路の誘導灯が立っている――このすぐ上を飛行機が飛ぶのです。なかでも驚いたのは、5メートルを越えるフェンス。その向こうには、滑走路へ向かう誘導路があって、そこを通るジェット機がまき散らす排気ガスを避けるためだというのです。
 暫定滑走路の供用が開始されると、農家の軒先わずか40メートルをジェット機が飛ぶ――これが、現実です。“成田問題の話し合いによる解決”を標榜した国のやり方の実体です。
 目を転じると、有機農業を営む島村さんや小泉さんの肥沃な畑が広がっています。空には雲雀がさえずり、子ぶたが餌を食べています。にわとりが鳴いています。らっきょう工場があったり、有機農業の研修をしている若い人や仕事をする人たちの住まいもあります。フェンスの内側の巨大な空港とは、まったく違う暮らしがあります。
 利便性のみを追求した現代文明と巨大科学技術がもたらす矛盾の縮図がここにある――と、言葉でいうのはたやすいことですが、こう述べることは、現実を反映していません。島村さんや小泉さんの話を聞いていると、奇しくも同じことを言っていました。
「オレら、ここで暮らしているだけだ」
 重い言葉です。“この地で暮らす”ことは、何人も侵すことはできません。支援する、とは簡単に言えませんが、ともに歩んでゆくきっかけをつかみたい――そして、力を生みだしたいと思います。
          ●
 2月23日に高木仁三郎市民科学基金の公開プレゼンテーションがありました。第1回助成にむけて、60件を越える応募から、11名の方が発表しました(1名欠席)。どれも創意に満ちたプレゼンでした。

 出色だったのは、「日の出町ゴミ最終処分場からの焼却灰飛散の実態調査」(たまあじさいの会、中西四七生さん発表)、「長島及びその周辺の自然環境・生態系の調査研究」(長島の自然を守る会、高島美登里さん発表)、「森林の治水機能の向上による『緑のダム』効果――吉野川流域における治水ダム(可動堰)への代替案としての森林整備」(吉野川第十堰の未来をつくるみんなの会、姫野雅義さん発表)でした。
 日の出町では、2年半にわたる巨大廃棄物処分場からの焼却灰の飛散調査によって、直下の地域にガン死が多発していることを明らかにしています。飛散のメカニズム解明のために、気象調査、植物調査、飛散物質の捕捉と分析、処分場放出ガス調査など、多岐に渡る項目を専門家と協力して行ってきています。
 長島町は、中国電力が上関原発を計画中です。予定地の海を泳ぐスナメリの保護を訴えて話題になりましたが、ナガシマツボ、ハヤブサなど希少生物を調査し、原発予定地は“究極の楽園”であると語っていました。
 吉野川第十堰を取り壊し、可動堰をつくろうとする国の計画を住民投票でくい止めた徳島では、「使い捨てのダムに替わる1000年もつ技術のしくみの確立」を提案。“緑のダム”とよばれる森林の機能を河川計画にとりこもうとするものです。
 いずれも調査研究の継続と広報活動、新しい提案を試みるものでした。
          ●
 ふたつのことを述べましたが、このような人びとが示す視点を私たちの出版活動の原点にしたいと考えます。本を出版することが前提としてあるのではなく、“この地で暮らす”“このことをする”人たちとともに歩んでゆく出版活動をしていきたいのです。別な言い方をすれば、市民科学は“この地で暮らす”“このことをする”人たちとともにあるとのだと思います。                (な)

(追記1)『三里塚の土に生きる―東峰・島村一家のあゆみ』
(街から舎/電話03-5907-5599)という本が、昨年出版されました。ぜひ、ご一読を。

(2)「成田空港の暫定滑走路の供用の中止を訴える運動のよびかけ」の問い合わせは、
〒182-0024 東京都調布市布田2-2-6-103
みさと屋 藤川泰志さん 
Tel. 0424-87-1714
eメール:seimei@pen.co.jp

(3)高木仁三郎市民科学基金のホームページは、http://www.takagifund.org/

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新刊ひとり語り

JCO臨界事故は風化しない
『あの日、東海村で何が起こったか』粟野仁雄著

 著者の粟野さんは、JCO臨界事故が起こった日に、たまたま核燃料サイクル開発機構の取材で東海村を訪れていました。
 事故の一報を受けてすぐJCO東海事業所に駆けつけ、自らも被曝しながら取材を続けました。おそらく、日本で最も被曝したジャーナリストの一人だと思われます。
 原稿を初めて読んだとき、その取材対象の幅広さにまず驚きました。JCO東海事業所近隣の住民の方々をはじめ、救命活動にあたった消防隊員や、東海村村長、茨城県知事、そしてJCO東海事業所の所長や核燃機構幹部まで……。
 本書には、住民の方の苦しみだけでなく、事故を起こしてしまったJCO職員たちの苦悩までも描かれています。
「事故の後、(中略)離婚しなければならないかとも覚悟しました」「我々はこの事故で、原子力関係だけでなく日本の経済社会でのA級戦犯になってしまった」といった、つらい心境が語られています。
 風評被害や心ない報道などが原因でマスコミの取材を拒否する方たちも多いなか、これだけの取材を行うことができたのは、「事故を風化させたくない」という粟野さんの熱意によるものでしょう。

 そして、あの日偶然東海村に居合わせたことが、ジャーナリスト魂に火をつけたのだと思います。
 粟野さんは、その後も公判の様子や「臨界事故被害者の会」の活動などを精力的に追いかけ、事故から2年を経て本書が生まれました。
 本書の特徴は、決して事故を起こしたJCOや核燃機構の責任のみを追及しているのではない、という点です。
 もちろんその責任が科技庁(現・文部科学省)など国にあるのは言うまでもないことですが、粟野さんはそれよりもこの国のシステムに警鐘を鳴らしています。全体を見通せる真の技術者の不在、マニュアル主義による想像力の欠如こそが事故を引き起こしたのだ、と。
 これは雪印食中毒事件や、もんじゅのナトリウム漏れ事故、旧動燃の再処理工場事故などにも共通していえることです。
 臨界事故のあと、「バケツ」や「裏マニュアル」の存在ばかりが強調されました。しかし、事故から私たちが最も学ばなければいけないことは、技術を過信したシステムをどう変えていくのか、ということかもしれません。(か)

(本書は、四六判、256頁、定価1600円+税)

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学ぶことと生きることが一つに
『理科を変える、学校が変わる』最首悟、盛口襄、山口幸夫 編

 子どもたち自身が、何が問題になっているのかを知り、そこから湧いた興味を、自ら学び、考え、判断していく。これからは、生きるために何が大切かを学ぶ総合的な学習が重要になります。
 本書で報告されている実践例は、“出前教研”で議論されたものが現場に持ち帰られて、実際に生徒との関わり合いの中から生まれたものです。
 編者の最首悟・盛口襄・山口幸夫の各氏は、日本教職員組合の教育研究全国集会(全国教研)・理科分科会の共同研究者です。毎年1月に、小・中・高の現場の先生がレポートを持ち寄り、発表・討論する全国教研が開かれます。しかし、共同研究者は年1回の議論だけでは不十分と判断し、毎年6月に“出前教研”を行うことにしました。第1回が1996年にはじまり、これまで館山・金沢・仙台などで開催。参加者は小・中・高・大の教師に、大学生や社会人を含め、毎回30人ぐらいです。
 私は4回目(1999年)の“出前教研”から参加しました。この時のメインテーマは「ハードパスからソフトパスへ」。自然の循環や生物の多様性を生かすための知恵や判断力をどう育むのかについて、議論が行われました。

 このことをふまえて、翌年の“出前教研”では「理科の基礎・基本とは何か、何をもって基礎・基本とするか」がメインテーマになりました。この“出前教研”で忘れられないことに、米田雅人先生の発言があります。
「『原子論』『細胞』『力学』それよりも、いろいろな環境問題がこの地球に存在することを知る。それ自体が基礎・基本ではないのでしょうか」
 この発言を見事なまでに実践したのが、本書の「オゾン層の危機から出発」です。まず、オゾン層の危機を知ります。次に、物理、化学、生物の教科書に出てくるような内容を学び、オゾン層の理解のために活かしていくのです。
 オゾン層の危機を理解できることが、生徒の学習の意欲を引き出しました。また、物理、化学、生物が相互に関係していることを生徒に実感させることができました。
 このように、各科目の壁を取り払い、大胆な授業が行われるよう、教師も変わっていって欲しいと思います。  (Y)

(本書は、A5判、264頁、定価2000円+税)

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脱原発シリーズ第1弾
脱原発シリーズ1 幌延『核に揺れる北の大地』 滝川康治著

 北海道北部に位置し、東京23区とほぼ同じ面積を持つ静かな酪農の町、幌延。人口の約4倍の牛が住むこの地に放射性廃棄物の地層処分研究施設の計画が持ち上がったのは、1984年のことでした。
 本書は、地層処分に反対する幌延町の人びとの20年間の闘いをまとめたものです。
 著者の滝川さんは、北海道に住み、自らも反対運動に参加してこの問題を見つめ続けてきました。丹念に事実を追う滝川さんの文章から、国の原子力政策がいかに理不尽かということを思いしらされます。
 そして、本書の中で紹介されている農家の方々の声を聞くと、まっとうな農業をめざすことと、地層処分に反対することが切り離して考えられない問題であることが痛いほど伝わってきます。そんな一人ひとりの営みが、確実に根をはり、幌延町に、そしてこの国に新しい道を歩ませることへつながってゆくのでは、と思います。
 どこまでも広がる大地、突き抜けるような青い空、牧草を食べる牛たち――私も、そんな豊かな北海道の自然に憧れる一人です。そして、一方で電気を使い、結果としてその後始末を地方に押しつけようとする「都会」の住人でもあります。

 編集の作業は、そんな自分自身へ「私には何ができるのか」と問いかける作業でもありました。放射性廃棄物をどう管理してゆくのかは、原発を作ってしまった以上避けて通れない課題です。誰もが自分の問題として考えるために、本書がお役に立つことを心から願っています。
 また、本書は「脱原発シリーズ」の第1冊目になります。全国各地の問題を通して、原発のない社会への道が見えてくるのではないでしょうか。
 昨年8月に七つ森書館に入社し、本書と『あの日、東海村でなにが起こったか』の2冊を担当しました。約半年を振り返ってみて一番印象深いのは、高木学校や原子力資料情報室の研究会などで、直接読者の方とお会いできたことです。自分が担当した本を手にしてもらう瞬間に立ち会えるのは、編集者として、とても励みになります。
 今後も、本当に必要な情報を皆様にお届けできるように、がんばりたいと思います。(か)

(本書は、四六判、176頁、定価1400円+税)

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